短機関銃

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短機関銃(たんきかんじゅう)とは、拳銃弾をフルオート射撃する機能を持ち、手で保持して射撃する小型の銃器の総称である。日本語では短機関銃の名称の他に、サブマシンガン、機関拳銃、機関短銃とも呼ばれるがすべて短機関銃と同一の概念を表す。

銃器メーカーによっては、小銃弾を使用する短銃身のアサルトライフルにサブマシンガンの名称を用いることもある。

英語では"Submachine gun"(略称:SMG)であり、この日本語訳が短機関銃となった。 またドイツ語では"Maschinenpistole"(略称:MP)であり、この日本語訳が機関短銃、機関拳銃となった。

ドイツ語の"Maschinenpistole"の英語直訳である"Machine Pistol"(マシンピストル)は通常、短機関銃ではなくフルオート射撃可能な拳銃を指すため注意が必要である。(マシンピストルの項目を参照)

機関銃との違いは、小銃弾でなく拳銃弾を使用する点にあるが、広義では短機関銃も機関銃の一種である。

目次

概要

短機関銃は拳銃弾を使用するため小銃より有効射程距離が短いが、反動が小さく全自動射撃に向く。また一般的に小型にできるので一人で携帯・使用でき、取り回しが楽という特徴を持つ。そのため軍隊では前線部隊指揮官や戦闘車両搭乗員の自衛用に使用される。突撃銃(アサルトライフル)が登場する前の第二次大戦のころは近接戦闘で大規模に使用された。

また警察の銃器対策班や特殊部隊拳銃で火力が不足する状況で使用する。対するテロリストマフィアも火力と隠匿性の高さからしばしば使用する。

それに対して機関銃は、一般的に小銃弾を使用する。そのため反動が強く、重機関銃のような大型のものになると、射手と給弾手の二人が必要である。軽機関銃自動小銃アサルトライフルのような他の自動火器は両者の中間であり、機関銃と短機関銃の性格は両極にあると言える。

歴史

第一世代

ベルグマンMP18短機関銃
ベルグマンMP18短機関銃
米国トンプソンM1短機関銃
米国トンプソンM1短機関銃

世界で最初に実用化された短機関銃は、第一次世界大戦末期にドイツ帝国軍が開発したMP-18/1である[1]1918年3月のドイツ軍最後の大攻勢において、塹壕戦の膠着状態を打開のために編制されたStoßtrupp(突撃歩兵)に約5,000挺が配備され大戦果を挙げた。しかし、ドイツ帝国軍はこの攻勢を持続できずに敗戦を迎え、戦後のヴェルサイユ体制下でMP18の配備は禁止された。

ピダーセン・デバイス
ピダーセン・デバイス

アメリカ合衆国ではスプリングフィールドM1903小銃に最低限の加工を施し、ボルトを外して「ピダーセン・デバイス (en:Pedersen device) 」と呼ばれるユニットを組み込むと自動小銃のように使用できる、セミオートの短機関銃とでも言うべき兵器(正確にはピストル弾使用のオートカービン)が開発された。この銃は.30口径拳銃弾を使用し、機関部から右斜め上に向かって40発入りの長い弾倉が突き出ているのが外見的特徴であり、制式名称は“US Automatic Pistol, Caliber .30, Model of 1918”とされ、銃器としての機能はシンプル・ブローバック式の自動拳銃と同じ物であった[2]。ピダーセン・デバイスは第一次大戦の塹壕戦で求められた近接戦闘用兵器として500,000個が大量生産され、1918年7月の連合軍最終攻勢で実戦使用されたが、間もなく終戦を迎えた。その後、同デバイスの大部分はスプリングフィールド兵器廠で保管されていたが、M1ガーランドが採用された事で廃棄処分となった[3]

第一次大戦直後にトンプソンM1921が完成し、アメリカ陸軍が興味を示したが、戦後の大軍縮の影響で大量配備には至らなかった。当時、短機関銃にもっとも興味を示したのは、禁酒法下で密造酒の製造や酒類の密輸で急成長し、相互の抗争のエスカレートから武装強化を図っていたギャング(マフィア)たちと、それを取り締まる司法組織(FBIIRSなど)であり、ロシア革命の影響で勢力を拡大した労働組合ストライキを主とする実力闘争を鎮圧する需要から成長していた民間の警備会社や、組合側が自衛のために雇ったマフィアなどの武装集団も格好の武器として多用した。

また国外に輸出されたトンプソンM1928中国・欧州・中東・中南米など全世界で使用され、ニカラグア革命では鎮圧のため同国へ侵攻したアメリカ海兵隊がジャングル戦で同銃を活用したサンディーノの革命軍に返り討ちにされる事件なども発生し、戦間期を代表する短機関銃となった。

1930年代ギャング映画では「シカゴ・ピアノ」「シカゴ・タイプライター」「トミーガン」の通称でトンプソンM1928(しかも50連ドラムマガジン付きの)が派手な小道具として頻出し、「ギャングの武器」というイメージを世界中に印象づけることになった。

第二世代

カナダの兵器工場で製造中のステンガン: 第二次大戦下では省力生産可能な短機関銃が大量に量産された: 1942年
カナダの兵器工場で製造中のステンガン: 第二次大戦下では省力生産可能な短機関銃が大量に量産された: 1942年
第二次世界大戦でドイツ軍が使用したMP40
第二次世界大戦でドイツ軍が使用したMP40

ドイツではヒトラー政権下で再軍備が始まると、戦車に随伴する歩兵の火器として短機関銃が見直され、スペイン内戦に派遣されたドイツ義勇軍のコンドル軍団はMP18の改良型であるMP28短機関銃を使用し、その価値が実証された。

大戦初期の電撃戦の成功にも、短距離ながら濃密な弾幕を簡単に形成できる短機関銃は大きく貢献した。これは当時の歩兵が通常装備したボルトアクション方式の手動ライフル銃は、速射が利かず、またリーチの短い銃剣に比べ、近接戦闘における短機関銃の制圧火力が圧倒的だったためである。

同時に、ピストルを装備していた下級将校の防御力不足が判明すると、一般の歩兵と同じく小銃装備だった下士官達ともども短機関銃の配備が計画され増産が図られたが、MP28は小銃と同形態の削り出しレシーバーや木製ストックで製造された銃器であり生産性は良くなかったため、レシーバー等を鋼板プレスで生産し、ショルダーストックも金属製とし、ベークライト部品を導入するなど新しい製法を導入して生産性を著しく高めたMP38やその改良型であるMP40が造られた。MP40の評価は特に高く、敗戦まで大量生産され総生産数は100万丁に達した。戦後もイスラエル軍の主力銃器のひとつとなり、南米アフリカといった過酷な環境でも長年使用されている。

同じ頃にフィンランドへ侵攻したソ連軍スオミM1931を装備したフィンランド軍に苦戦した経験から、これを参考に製造されたPPSh-1941が採用され、独ソ戦やその後の満洲侵攻で大量に使用され、当時これを見た日本人の間では“マンドリン”の通称で記憶されている。

短機関銃の運用でドイツに遅れを取ったイギリスでは、ダンケルクからの敗走で装備の多くを失った数十万の自軍兵士のために、生産コストを重視した設計のステン短機関銃が開発され、玩具メーカーまで動員しての大量生産が行われた。同銃は英軍や植民地軍の他にも独軍日本軍の占領下各地で活動するレジスタンス勢力へパラシュート投下される援助兵器としても広く用いられた。

米国ではトンプソン第二次世界大戦の開始とともに英軍や米軍で本格的に使用され、中国大陸フィリピンでは鹵獲された同銃を日本兵も使用するなど敵味方を超えた絶大な人気を誇ったが、生産性が悪いため代わって開発されたM3(通称:「グリースガン」)が1943年に採用されることになる。自動車メーカーの鋼板プレス技術を用いて開発されたこの銃は、MP40やステン短機関銃の影響が明白であった。

第二次大戦後も多くの国では短機関銃の配備を続けた。しかし戦後に超大国として出現したソ連は、戦中に出現した突撃銃を短機関銃と小銃を兼ねる存在として採用したため、ソ連の影響下にあった東側ブロック諸国では大量の短機関銃が退役し、冷戦下で勃発した世界各地での紛争に安価な援助兵器として大量投入された。

拳銃弾は小銃弾に比べて発射ガスの量が少なく低圧で、初速も遅いためにサプレッサーの効果が得やすい利点があったため、発射音を抑制した短機関銃はゲリラ戦やテロ活動には格好の武器であった。 特に中国は様々な改良を繰り返し、微声とよばれる独自の消音短機関銃を発展させており、朝鮮戦争ベトナム戦争では、共産側勢力がサイレンサー付短機関銃を投入して、山岳地帯やジャングルでのゲリラ戦で多用し米軍を苦しめた。

戦後に出現した短機関銃であるイスラエルUZIサブマシンガンは、L型ボルトと呼ばれるアイデアで全長を短くして携帯性を向上させたものだったが、このアイデアを取り入れた小型の短機関銃は以降の主流となり、イングラムM10や日本の陸自が採用した9mm機関拳銃なども、この系統に属している。

第三世代以降

PDWの代表格であるFN社製FN P90
PDWの代表格であるFN社FN P90

その後、1977年ルフトハンザ航空機ハイジャック事件では、GSG-9がドイツ製短機関銃MP5を用いて鎮圧に成果を挙げ、その名は一挙に広まった。

MP5シリーズはローラー遅延式ブローバックを用いた独特の構造により良好な命中精度と集弾性を実現した「拳銃弾を使用するアサルトライフル」とでも言うべき第三世代の短機関銃だった。

MP5の成功以降、各国でアサルトライフルを拳銃弾化するためのコンポーネント製品が作られるようになり、軍用・公用の短機関銃は、第二世代に属する「安価(かつ簡易)で小型の歩兵用」短機関銃と、MP5に代表される小型アサルトライフル型の第三世代という2系統に分かれることになったが、第二世代短機関銃を新規に開発・採用するケースは現在では非常に少なくなっている。

また近年ボディアーマーが進化・普及し、従来の拳銃弾ではこれを貫通するのが困難となったため、FN P90H&K MP7のようにライフル弾を小型化して貫通力に優れた新しい弾薬が開発され、近距離でアサルトライフル並の貫通力を実現した存在である「PDWPersonal Defence Weapon:個人防衛兵器)」と呼ばれる新ジャンルの火器が登場している。

PDWは車両等の搭乗者や後方勤務の兵士が自衛のために持つことを想定したものであり、短機関銃を後継する存在と考えられている(PDWとは元々H&K MP7に付けられていた開発コードだった)が実際の採用例はまだ少なく、多くの軍隊ではPDW用途として銃身やストックを短縮化した小型のアサルトライフルを用いている。

日本での呼称

兵器の分類と呼称は、技術の進歩や戦術の変化、しばしば政治的な理由により、時代や国により異なる。日本では軍隊と警察、陸軍と海軍といった組織間で訳語が異なる。特に短機関銃ではその傾向が強い。

陸軍では落下傘部隊用に制式採用した一〇〇式機関短銃から解る通り、サブマシンガンを機関短銃と呼んでいた。しかしそれ以前には自動短銃と呼んでいた時期や、自動小銃と呼んでいたことさえあった。また、海軍では輸入して装備したMP18などを自動拳銃と呼んでいる。

日本陸軍も他の列強諸国と同様に、第二次大戦の開戦まで機関短銃を重要視していなかったが、連合軍との交戦を通じてその価値を理解した戦争後期には一〇〇式機関短銃の配備を進め、フィリピン戦沖縄戦では多数が使用されている。

陸上自衛隊では米国製のM3サブマシンガンを11.4mm短機関銃M3A1の名称で制式化していたが、1999年に導入されたミネベア社製の短機関銃は9mm機関けん銃の制式名で採用した。日本の警察では2002年にテロ対策に導入したドイツ製のH&K MP5を機関拳銃、海上保安庁では高性能自動短銃の呼称で採用している。

主な短機関銃

軍用短機関銃

警察・特殊部隊向け短機関銃

個人防衛兵器

詳しくはPDWを参照

脚注

  1. ^ 拳銃弾を使用するフルオートマチックの銃としてはイタリアビラール・ペロサ1915年)の方がMP-18/1よりも早い。しかしこれは銃の前部に二脚と後部に二個のグリップを持ち、接地して使用することが前提になっていることなど、本格的な機関銃が不足したための代用としての性格が強く、のちの短機関銃的な運用はなされなかった。従って通常短機関銃のカテゴリーには入れられていない。
  2. ^ 参照
  3. ^ このため現在では超レアアイテムとなっており、2008年3月にオークションへ出品された際には55,000米ドルという破格の値で落札されている。

関連項目

短機関銃


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