井筒屋

関連キーワードで検索

関連キーワードで検索

Template:経営問題Template:基礎情報 会社

北九州市小倉北区 井筒屋小倉本店(2009年1月)
北九州市小倉北区 井筒屋小倉本店(2009年1月)
北九州市八幡西区 井筒屋黒崎店(2009年3月)
北九州市八幡西区 井筒屋黒崎店(2009年3月)

株式会社井筒屋(いづつや、Template:LangWithName)は、福岡県北九州市に本拠を置く日本の百貨店の一つ。日本百貨店協会加盟。九州地場資本の百貨店では唯一東京証券取引所第1部に上場している。

目次

概要

1935年(昭和10年)7月、九州電気軌道(後の西日本鉄道)と、門司市呉服店「井筒屋」を経営していた住岡由太郎との共同出資により設立された。社名は井筒屋の屋号を継承して付けられる。1936年(昭和11年)10月小倉本店開店。このような経緯があるため、かつては西日本鉄道グループに属していた。なお、現在も西日本鉄道は9.2%の株式を保有する筆頭株主である。

百貨店形態の直営店としては本店(北九州市小倉北区船場町)の他に北九州市八幡西区黒崎に店舗がある(黒崎店は「黒崎そごう」閉店後にその跡地に移転し、旧店舗は井筒屋アネックス-1としてブックセンターなどに再活用している)。また、宇部市山口市で関連会社により店舗を運営しているほか、福岡県内を中心に進物、婦人衣料雑貨など限られた商品を扱う小店舗を展開しており、その多くが大型量販店に併設、あるいは隣接したサテライトショップである。

1号店として黒崎店に近接して設けたブックセンターは、その後馬借駐車場再開発に合わせた小倉店オープンの際「ブックセンタークエスト」に名称変更。現在は別法人化して独立後、地場書店チェーンの積文館書店(福岡市)に株式の90%を売却しており、井筒屋や西鉄とは無関係な場所への展開も始めている。

2004年2月に小倉そごう跡に開業した小倉伊勢丹にも30%出資し、持分法適用会社となっていたが、商圏競合による売り上げ不振・共倒れ状態防止の観点から、伊勢丹持分の株式を備忘価額の1株1円で全て買い取り[1]2008年4月1日、「株式会社コレット井筒屋」(新店名「COLET IZUTSUYA」)に商号変更し、閉店期間(当事者は上記経緯から「休業期間」としていた)僅か6日で再開業した。伊勢丹とは、小倉伊勢丹開業を機に情報システムを統合するなど関係を強化していたこともあり、大きな混乱なく移行させることができたとみられている。2009年3月11日には、井筒屋本店との棲み分けを図るためにリニューアルし、新店名「コレット」に改称した。


福岡市における事業

1966年に開業した福岡市のJR博多駅博多口の駅ビル(博多ステーションビル)で関連会社の博多井筒屋が営業していたが、九州新幹線博多延伸に伴うJR九州による博多駅再開発のため2007年3月31日で閉店、博多井筒屋社も解散した。井筒屋は新駅ビルへの出店を望んでいたが、新駅ビルには阪急百貨店東急ハンズシネコンティ・ジョイが入居することがJR九州から発表された。

博多井筒屋閉店の際に井筒屋から発表・公開された文章の中で「新JR博多駅ビルでの営業は」と書かれており、当時から博多駅ビル以外での場所で再出店を示唆。その後2007年11月2日に博多リバレインイニミニマニモ地下2階部分に井筒屋本体による直営店舗「SALON DE IZUTSUYA U(ユー)」として開店した。「大人の価値観にフィットする上質なセレクトショップ」をコンセプトとしていた。しかし、売り上げが伸び悩み、会社全体の経営も厳しい状況となったことから、「本拠(北九州)に経営資源を集中する」として、2009年3月30日に同年6月いっぱいで閉店し、福岡市から事実上撤退すると発表した。閉店後は、特産品と九州産焼酎を扱う2店舗が引き続き営業している。

経営再建の険しき道のり

Template:経営問題2009年2月期連結決算で経常利益が9期ぶりの赤字に転落した(外部リンクより「企業情報」→「IR情報」を参照)経営再建を図るため、以下の方策が採られることとなった。

  • 北九州市内の直営2店の閉店時間を繰り上げ19時とするとともに、元日以外の店休日を年8日程度に限って復活させる。[2][3]
  • 久留米井筒屋閉店後の2009年3月1日付で会長以下全役員を降格とし、中村眞人が社長に復帰するとともに営業本部長を兼ねる。同時に、役員数を削減する。[4]
  • 外部に委託していた一部の業務を自前に戻し、経費を削減する。

またこれに加え、2009年8月いっぱいで、子会社運営の飯塚井筒屋についても売り上げの回復が見込めないとして閉店。[5]しかし地元の要望により、翌月半ばから本体直営で1・2階部分を使って小型店舗+外商窓口「飯塚・井筒屋サロン」として事実上営業を再開した。[6]

それでもなお業績が回復せず、2010年2月期の決算でも大幅赤字になる見通しとなったことから、同年1月9日福岡山口みずほといった主力取引銀行に対して金融支援を要請し、合意[7]。この責任をとるため、中村眞人は同日、社長職を退任することを発表した。社長交代時期は2010年期株主総会後を予定[8]。なお、中村は本業に専念するため、それ以前から旧ニューウェーブ北九州後援会会長など、兼務していた公職を段階的であったが退いていた。

沿革

  • 1935年昭和10年)7月30日 設立。
  • 1936年(昭和11年)10月6日 小倉本店開店。
  • 1937年(昭和12年) 九州電気軌道系列の株式会社九軌デパートと合併。その後九州電気軌道系列に入る[9]
  • 1949年(昭和24年) 飯塚店開店。
  • 1959年(昭和34年)11月 八幡店(後の黒崎店)開店。
  • 1961年(昭和36年)12月 福岡証券取引所に上場。
  • 1965年(昭和40年)10月 飯塚店を分社し、新生飯塚井筒屋開店。
  • 1966年(昭和41年) 博多駅ビルで子会社店舗開店。
  • 1972年(昭和47年)9月 東京証券取引所二部に上場。
  • 1973年(昭和48年)7月 東京証券取引所一部に昇格。
  • 1987年(昭和62年)10月 浮羽井筒屋開店。
  • 1995年平成7年)8月 若松井筒屋閉店。
  • 1997年(平成9年)9月 浮羽井筒屋閉店。
  • 1998年(平成10年)8月 小倉本店新館開店。
  • 2000年(平成12年)12月 中津店閉店。
  • 2001年(平成13年)1月 大牟田井筒屋閉店。
  • 2001年(平成13年)10月 黒崎店をJR黒崎駅前(黒崎そごう跡地)に移転。
  • 2002年(平成14年)4月 井筒屋アネックス-1(旧八幡店)開店。
  • 2003年(平成15年) 伊勢丹と提携関係を樹立。以後子会社整理・小倉伊勢丹開業などにおいて、支援を受ける。
  • 2007年(平成19年)3月31日 博多井筒屋閉店、法人解散。
  • 2007年(平成19年)11月 サロン・ド・井筒屋U開店。
  • 2007年(平成19年)12月25日 小倉伊勢丹の伊勢丹保有株式を全て買い取り、店舗運営を引き継ぐ方針を発表[1]
  • 2008年(平成20年)4月1日 小倉伊勢丹を引き継いだ新百貨店「コレット井筒屋」開業。
  • 2008年(平成20年)5月 宇部井筒屋を「山口井筒屋」に改名。
  • 2008年(平成20年)10月3日 山口井筒屋、宇部市から山口市に本社移転し、山口市のちまきやから店舗を引き継ぎ再開業[10]
  • 2009年(平成21年)2月28日 久留米井筒屋閉店。
  • 2009年(平成21年)3月11日 コレット井筒屋を改装開業し、店名を「コレット」に改名
  • 2009年(平成21年)6月30日 サロン・ド・井筒屋U閉店。
  • 2009年(平成21年)8月31日 飯塚井筒屋閉店。
  • 2009年(平成21年)9月11日 飯塚井筒屋が飯塚・井筒屋サロンとしてリニューアルオープン。

店舗

井筒屋アネックス-1(2009年3月)
井筒屋アネックス-1(2009年3月)
  • 小倉本店(北九州市小倉北区船場町1番1号、通称「小倉井筒屋」)
    井筒屋の旗艦店。以前は本館の西側に紫川別館が存在したが、駐車場棟跡地に建設した新館開業を期に取り壊され、飲食店が入った施設「紫江'S」が開業している。また1980年代には東側出入口の上に電光掲示板が設置されていたが現在は撤去されている。
  • 黒崎店(北九州市八幡西区黒崎1丁目1番1号 クロサキメイト西ブロック、通称「黒崎井筒屋」)
  • 井筒屋アネックス-1(北九州市八幡西区黒崎、旧八幡店(通称「八幡井筒屋」)→前黒崎店)
    主なテナント:ブックセンタークエスト黒崎店、家具店i-Maison、無印良品

サテライトショップ(ギフトショップ、小型売店)

北九州空港店
北九州空港店
本体直営
小倉駅北口ひまわり通り、北九州市役所社会保険小倉記念病院北九州空港下関出張所、メルクス本城、行橋出張所、飯塚・井筒屋サロン(旧飯塚井筒屋)、ゆめタウン中津 など
久留米井筒屋運営
ゆめタウン大牟田筑後

過去に存在した井筒屋の店舗

  • 飯塚店(現:飯塚・井筒屋サロン)
    井筒屋初の支店として1949年開業、後に分社された(黒崎店開業は昭和30年代)。2007年頃から閉店まで、小倉本店で販売している「井筒屋饅頭」の社章焼印を、地元出身で内閣総理大臣を務めた麻生太郎の似顔絵に変えた“たろちゃん饅頭”を売っていた。
  • 本城店(直営)
    北九州市八幡西区光貞台1丁目にあった、屋上に駐車場を備える2階建ての店舗。近くに産業医科大学が開設された3年後、1981年に、同大学北側の大学関係者も多く住む住宅街に開店したが、最寄の国鉄(当時)折尾駅から約3kmという立地の悪さ(同駅から北九州市営バスが店舗正面にある光貞台バス停を結んではいたが、15~20分ほどかかる上に本数も少なかった)もあり、開店から僅か3年余り後、1984年に閉店。跡地は暫く巨大な空き店舗だったが、数年後太陽家具北九州西店が開業し、現在も営業中。なお、現在は旧店舗から東方向に3kmほど離れた場所にあるミスターマックス系の商業施設「メルクス本城」の一角でギフトショップを運営。
  • 中津店(直営)
    大分県中津市のJR九州中津駅前に建てられたビルのテナントとして入居していた。本体直営で、大分県北部唯一の百貨店だったが、郊外店との激しい競争もあり賃貸借契約を更新せず閉店。現在は、広島のスーパーイズミが運営する「ゆめタウン中津」内のテナントという形でギフトショップを運営している。
  • 若松店(若松井筒屋)
    北九州市若松区本町3丁目にあった地元の百貨店「丸柏(まるかし)」(1938年開業)を1979年に買収・子会社化し運営していたが1995年閉店。閉店後跡地近くに開店したサンリブ若松店内にギフトショップが設置されている。なお同店は北九州市役所の売店運営も担当していたため、閉店後の売店運営は井筒屋本体が引き継いだ。旧店舗は後に解体され、長きに亘り空地となっていたが、2007年8月23日ホテルルートインが開業。
  • 博多店(博多井筒屋)
  • SALON DE IZUTSUYA U(福岡市博多区下川端 博多リバレインイニミニマニモ地下2階)
    福岡市博多区博多駅中央街1-1にあった。1966年に開店。2007年3月31日午後7時をもって博多駅再開発のため閉店。再開発後の新博多駅ビルには、阪急百貨店東急ハンズが入店することがJR九州と各社で合意されているが、井筒屋は新博多駅ビルへの入店を断念した訳ではなく引き続き新博多駅ビルへの入店を希望している[11]。SALON DE IZUTSUYA Uは、事実上の後継店舗として本体直営で開店したものの、売り上げ不振から2009年6月いっぱいで撤退。
  • 久留米井筒屋

Template:Main

  • 業績不振により2009年2月いっぱいで閉店。但しその後も同社の運営する大牟田、筑後のサテライトショップの営業は継続。
    • 久留米井筒屋大牟田店
    久留米井筒屋が大牟田市西鉄天神大牟田線新栄町駅前に1970年にオープン。大牟田松屋とともに大牟田・荒尾地域の百貨店として親しまれたが、石炭産業の衰退に加え、郊外店との競争に敗れ、2000年12月に閉店に追い込まれた。その後2004年に大牟田松屋も経営破綻し、大牟田市からは百貨店が姿を消した。なお、現在はゆめタウン大牟田でギフトショップを営業している[12]
  • 浮羽店(浮羽井筒屋)
    1987年10月開店。うきは商業開発が運営するショッピングセンター「うきはプラザ」の核店舗であった。出店10年目の1997年9月で閉店。2009年現在「うきはプラザ」にはスーパーバリュー、ドラッグセガミ、ダイソーなどが入居している。

サテライトショップ(ギフトショップ、小型売店)

  • 福岡空港店
    正式店舗名不詳、国内線で確認。
  • 小郡ショップ
    かつて西鉄小郡駅前に出店していた。現在は空家となっており、民主党の選挙事務所として使われたこともある。外装にIZUTSUYAマークの跡が確認できる。

関連会社

コレット(2009年6月)
コレット(2009年6月)
山口県山口市 山口井筒屋本店(2008年10月)
山口県山口市 山口井筒屋本店(2008年10月)
飯塚井筒屋(2009年5月)
飯塚井筒屋(2009年5月)
  • コレット(北九州市小倉北区京町)
    旧「小倉伊勢丹」。実質運営は小倉本店と一体化させているが、法人は別である。
    2009年3月から5月にかけ順次改装が行われ、全32ブランドの新規導入が予定されている。3月11日にロフト・無印良品が6階に、5月下旬にZARAが3階にテナントとして入居する。店名は「コレット井筒屋」から「コレット」に変更。
  • 山口井筒屋
    • 本店(旧・ちまきや)[10]
    • 宇部店(旧・宇部井筒屋)
      1969年、ちまきやとの合弁で開店(井筒屋ちまきや)。1972年に井筒屋100%出資に。

過去の関連会社

  • 飯塚井筒屋
    詳細は各項を参照。
  • 博多井筒屋
    JR博多駅ビル内にあった。駅ビル建替えに伴い、2007年(平成19年)3月末閉店、法人も解散。4月以降はしばらく井筒屋本社が博多駅の専門店街に相談窓口を設けていた。
  • 井筒屋ウィズカード
    カード子会社。伊勢丹との提携の際、伊勢丹のMDシステム・顧客情報分析システムを有効活用するために譲渡し、伊勢丹アイカード子会社となった。後に伊勢丹経営統合で発足した三越伊勢丹ホールディングスの事業見直し過程で山口フィナンシャルグループに売却された。
  • ブックセンタークエスト
    分社後、株式の90%を積文館書店に売却。井筒屋の持株比率は10%で関連会社ではなくなった。その後積文館書店と共に日本出版販売の連結対象関連会社となり井筒屋の連結対象から外れているが、従来通り井筒屋のWITHカードなども利用できる。2009年3月1日付で積文館書店と合併(合併後の社名は株式会社積文館書店)。
  • タミー
    西日本鉄道と共同出資で西鉄久留米駅ビルでスーパーマーケットを運営。後にグランドストア西都と合併、その後西鉄ストアに吸収。

その他の話題

  • 流通業界への就職を後押しするため、全国で初めて、店舗販売員を養成する専門学校「西日本リテールカレッジ」を2005年4月に開校した[13] [14]。ただし、2010年1月現在同校ホームページは閉鎖されている。
  • 2000年代前半テレビ西日本で放送されていた番組「女神のアンクレット」の一社提供を行っていた。北九州にゆかりのある人にスポットを当て、贈り物、プレゼントに関するトークを繰り広げる15分番組だった。[15]

脚注

  1. ^ a b
  2. ^ "店休日・営業時間の変更に関するお知らせPDF". 井筒屋 (2003年). 2010年1月10日閲覧。
  3. ^ "小倉店営業時間の変更に関するお知らせPDF". 井筒屋 (1985年). 2010年1月10日閲覧。
  4. ^ "組織改正および役員異動のお知らせPDF". 井筒屋 (1987年). 2010年1月10日閲覧。
  5. ^ "飯塚井筒屋の百貨店運営の終了についてPDF". 井筒屋 (1996年). 2010年1月10日閲覧。
  6. ^ "飯塚井筒屋 営業終了後の店舗運営についてPDF". 井筒屋 (1984年). 2010年1月10日閲覧。
  7. ^ "借入金返済に関する金融機関との同意のお知らせPDF". 井筒屋 (2000年). 2010年1月10日閲覧。
  8. ^ "代表取締役の異動に関するお知らせPDF". 井筒屋 (2000年). 2010年1月9日閲覧。
  9. ^ "流通業やレストラン・ホテルへの進出". にしてつニュース -西鉄この100年-. 西日本鉄道 (10 2007). 2008年1月16日閲覧。
  10. ^ a b "子会社の新規出店および商号変更に関するお知らせPDF". 井筒屋 (1982年). 2008年1月17日閲覧。
  11. ^ "博多駅の顔 井筒屋閉店 ファン41年の歴史惜しむ". 西日本新聞 (Template:ISOdate). Template:年月日1月7日閲覧。
  12. ^ 松屋の倒産 - 松屋の24,362日
  13. ^ Fashion Streetファッションニュース(2004年6月)
  14. ^ ワールドインテック販売市場に特化した新会社(子会社)設立のお知らせ
  15. ^ 株式会社映像BOX主な制作実績

関連項目

外部リンク

Template:日本の大手百貨店

井筒屋


関連キーワードで検索

このページへのリンク: