ウサイン・ボルト

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ウサイン・ボルト
ウサイン・ボルト(2008年8月16日)
選手情報
フルネーム:ウサイン・ボルト
愛称:ライトニング・ボルト
国籍: ジャマイカ
種目:短距離走
生年月日:1986年8月21日(23歳)
生誕地: ジャマイカトレローニー
身長:195cm(6フィート5インチ)
体重:95kg(210ポンド)[1]
自己ベスト:100m:9秒58(2009年)
200m:19秒19(2009年)

ウサイン・ボルトUsain Bolt, 1986年8月21日 - )は、ジャマイカ陸上競技短距離選手。ジャマイカは英語圏であり、名の発音は/juːˈseɪn/(日本語では「ユーセイン」に近い)である。だが、日本ではウサインとの表記が定着している。

目次

特徴

身長196cm、体重95kg。短距離選手は身長が170~180cm台の選手が多く、190cm以上の長身の選手はスタート時の静止状態からの加速が鈍くなるため一般に不利とされるが、ボルトは2m78cmの非常に大きなストライドを活かしレース中盤から一気に飛び出す後半追い込み型。加えて序盤も速く、北京オリンピック陸上男子100m決勝での前半50m地点のタイムは非公式ではあるが室内世界最高記録を上回っている[2]。身体が大きいためかスタートのリアクションタイムが長い傾向にあったが、同じく長身ながら世界最速のスタートを行うとされる同郷のアサファ・パウエルを参考にし改善されている。契約スパイクプーマ(PUMA AG Rudolf Dassler Sport)である。

日本陸連科学委員会が2009年8月の世界選手権100メートル競走決勝におけるボルトの走りを分析した結果によれば、最高速に達した時点でのボルトの歩幅は2メートル75センチ、ゴールラインを超える最後の一歩は2メートル99センチ5ミリに達し、これは100メートル競走における史上最大級の歩幅であるという。また、身長に対する歩幅の比も140パーセントと他の選手に対して大きい[3]

略歴

17歳で200m20秒を切る[4]など若年から将来を期待されていたが、身体の成長に伴う故障が数年にわたって続いた。それを克服し100m200m世界記録保持者となった。

ジュニア時代は100mでは記録を残しておらず、400mでは2003年に45秒35を出している。これは同年のジュニア世界ランク4位である。これに加えて長身であることから、100mに本格的に取り組むまではスタート面で不利な100mより、無理なく歩幅を稼げる事がより有利な400mの方が向いているのではないかともされた。本人も北京オリンピック後の2008年12月には、「オリンピック世界選手権などの大試合が無い2010年には、マイケル・ジョンソンの保持する400mの世界記録(43秒18)の更新を狙える」と宣言していたが[5]、2009年11月に自ら挑戦を否定した(後述)。

憧れの選手は、カール・ルイスマイケル・ジョンソンドン・クォーリーなど。

経歴

2007年まで

ジャマイカ西部のトレローニーで西アフリカ系の家庭に生まれる。彼とそのきょうだいには、ウサイン(フサイン)、サディーキ(シッディーク)、シェリーン(シーリーン)と、いずれもアフリカで流通するアラビア語ペルシア語系の名がつけられている。

子供時代は将来クリケット選手になりたかったと言っていて、10代前半まで活動していた[6](実際はクリケットには熱中していない)。12歳頃から陸上を本格的に始める。

2002年に地元ジャマイカで行われた世界ジュニア選手権で大会史上最年少の15歳で優勝。その名を轟かせた。更に、翌年の世界ユース選手権でも優勝し、2004年には200mで、17歳にしてジュニア史上初めて20秒を切る19秒93のジュニア世界新記録を出した。この頃から彼は自分自身の才能に気付き始めたという。しかし、この年はその後故障。連覇のかかった世界ジュニアも出場できなかった。そして、大型新人としてアテネオリンピックには果敢に出場するも、一次予選で惨敗(21秒05で5着)、苦汁を嘗めた。

2005年に行われた世界選手権では、決勝には進んだものの、決勝で足を痛めて最下位(26秒27,-0.5m/s)となった。

2007年8月30日世界選手権200m決勝において、19秒91(-0.8m/s)で銀メダルを獲得する。優勝は19秒76の大会新(当時)を記録した、100m王者のタイソン・ゲイである。

2007年9月1日、世界選手権400mリレー決勝では2走を務め、37秒89(ジャマイカ新記録(当時))で銀メダルを獲得する。

2008年

2008年にはジャマイカ国際の100mで、9秒76(+1.8m/s)(世界歴代2位(当時))で優勝する。100mでも世界トップレベルであることを証明した。200mにおけるスタートの練習として参加したものである。

2008年5月31日ニューヨークで開催されたリーボック・グランプリ100mで、9秒72(+1.7m/s)(世界新記録(当時))を記録し優勝する。2位の世界選手権3冠王者タイソン・ゲイ(9秒85)に大差をつける。100mに本格参戦後わずか5戦目であった。

2008年8月16日北京オリンピック陸上男子100m決勝では、レース前に、後にボルトの象徴となるポーズを見せた。レースでは中盤から他選手を圧倒、最後の数歩を両手を広げ流して走り、フィニッシュの際も胸を手で叩く程の余裕を見せた。それでも自らの世界記録(当時)を0秒03上回る9秒69(+0.0m/s)の世界新(当時)で圧勝という、世界大会史上空前のパフォーマンスとなった。最後まで全力で走っていれば9秒6を切れたとする発言も複数ある[7][8]が、トップスピードを最後の20mも維持したとしても記録は9秒60となるという科学的報告も出されている[9]。2位には、0秒20の差をつけたが、この差は電気時計が採用された1968年以降では1984年ロサンゼルスオリンピックにおけるカール・ルイスと並ぶ、オリンピック史上最大差である。なお、ボルト自身は100m走競技参加を北京で記者会見を行うまで知らされていなかった[10]。疾走後に金色のプーマのスパイクを脱いで片手に持ちスパイクを指さすパフォーマンスを行った。(プーマがボルトのスポンサーであることによる)[11]

2008年8月20日北京オリンピック陸上男子200m決勝で、19秒30の世界新記録(当時)で優勝する(ラップタイム9秒96 - 9秒34)。風速-0.9m/sという不利な環境の下、“不滅の世界記録”“向こう100年は破られない”と言われたマイケル・ジョンソン アメリカ合衆国)の世界記録19秒32(当時)を12年振りに0秒02更新した。また2位との差0秒66は五輪男子200m決勝史上最大である(2着入線後失格した者を含めても差0秒52で最大である)。100m・200mともに世界新記録での優勝は、オリンピック・世界選手権を通じて史上初である。100m・200m二冠に輝き、1984年ロサンゼルスオリンピックカール・ルイス アメリカ合衆国)以来24年ぶりの快挙を成し遂げた。

2008年8月22日、北京オリンピック陸上男子400mリレー決勝で3走を務め、37秒10(世界新記録)を記録し優勝する。3走としてのラップタイム8秒98は、3走として現在までで唯一の8秒台である。100m、200m、400mリレーの3種目において世界新記録での優勝は、オリンピック・世界選手権を通じて史上初である。100m、200m、400mリレーの三冠に輝く。

2008年10月4日、北京オリンピック陸上男子400mリレーで走者を務めた他の3人と共に、ジャマイカ政府から勲章(W:Order of Distinction)が授けられた[12]

2008年のIAAF世界最優秀選手賞を獲得した。

2009年

2009年4月29日、交通事故で切り傷などの軽傷を負い、車の破片を除去する左足の手術を受ける[13]

2009年5月には、2010年の100mの世界記録の目標は9秒40まで縮めることになりうる、と語っている[14]

2009年5月17日マンチェスターで開催されたストリートレースのグレート・シティ・ゲームズにおいて、直線コースの150mの決勝で、14秒35(世界最高記録)を記録する[15]

2009年6月10日、第10回「ローレウス・スポーツ賞」の男子最優秀選手賞を受賞した。

2009年8月16日世界選手権男子100m決勝で、人類初の9秒5台となる9秒58(+0.9m/s)(世界新記録)を記録し、優勝する(スタート反応時間 0秒146、10mラップタイム 1秒89-0秒99-0秒90-0秒86-0秒83-0秒82-0秒81-0秒82-0秒83-0秒83、レース中の最高速は65.03m地点における秒速12.27m(=時速44.17km)[16])。自らの世界記録を、電気時計導入後最大となる0秒11[17]と大幅更新する驚異的記録であり、2着に0秒13の大差をつける圧勝だった。2着のタイソン・ゲイも、9秒71(世界歴代2位(競技史上3位)(当時)・米国新記録(当時)・自己記録(当時))を記録し、3着のアサファ・パウエルでも9秒84と前回大会の優勝記録を上回るというハイレベルなレースであった。男子100mで同一人物が3度世界記録を更新するのは史上初[18]。また世界選手権で優勝したことによりモーリス・グリーンに次ぐ世界チャンピオン、五輪チャンピオン、世界記録保持者の3つのタイトルを独占した。

2009年8月20日、同大会男子200m決勝において、1回スタートがやり直しになった上、風速-0.3m/sという不利な状況下で自身の持つ記録を0秒11更新する19秒19の世界新記録で優勝し、今大会2個目の金メダルを獲得した(スタート反応時間0秒133、50mラップ5秒60-4秒32-4秒52-4秒75[19])。このレースも過去最多の1レース19秒台が5人走るというハイレベルなレースであった。

2009年8月24日走幅跳への将来的なチャレンジの意向として、「とても向いていると思うから、引退までには是非挑戦してみたい」とのボルトのコメントをBBC電子版が報じた。世界記録保持者のマイク・パウエルも、史上初の9mジャンプが可能との見方を示した。400mについては「やりたくはないけど、コーチが何か新しいことをやろうというなら、覚悟を決めるよ」と発言している[20]

2009年11月22日2012年ロンドンオリンピックまでは100mと200mに専念することを表明し、400mと走幅跳の挑戦は2013年以降となった[21]。2009年9月14日には、走り幅跳びへの参戦は2014年以降になる可能性を既に示唆していた[22]

2009年のIAAF世界最優秀選手賞を2年連続で獲得した。

人物

普段はもの静かな性格だが、会見や試合前には陽気な一面も見せる。カリブ海育ちであるため寒さは苦手[23]

練習環境の整ったアメリカ合衆国の大学からスカウトもあったが、寒さが苦手である上、極度のホームシックのために[24]、気候温暖なジャマイカを現在も練習拠点としている。

家庭用ゲーム機が大好きで、陸上の大会などで海外遠征する度にソフトを購入していて「ほとんど全種類持っている」とのこと。また、ボルトと同じジャマイカの陸上競技短距離選手、アサファ・パウエルと同じく車が好きである。好きな自動車BMW社のBMW・M3で、北京オリンピックの活躍後スポンサーからボルトの身長に合わせて改造された特別仕様車をプレゼントされた。しかし、後にこの車は前述の事故を起こして廃車にしてしまっている。

スペインのサッカークラブ、レアル・マドリードのファンであり、特にルート・ファン・ニステルローイラウール・ゴンサレスのファンである[25]バスケットボール好きで、自分でもプレイをする。NBAケビン・ガーネットアレン・アイバーソンのファンでもある。

日本テレビアナウンサーが北京オリンピックの際に渡した『ズームイン!!SUPER』のマスコットキャラクターのズーミンのぬいぐるみを気に入っており、持ち歩くこともある。

レース前にやるに向かって何かを示す行動は、ジャマイカの踊りの真似をしている。

2008年9月23日スーパー陸上神奈川県川崎市等々力陸上競技場)の際に来日し、当日引退式を行った朝原宣治を労った。ボルトは「今の私にはアサハラのように36歳まで走ることは考えられないし、難しいだろう。でも全身全霊をかけて(陸上競技を)続けたい」とコメントを残している[26]

主な成績

大会場所種目結果記録風速備考
20012001年世界ユース陸上競技選手権大会デブレツェンハンガリー200m5sf21秒73
2002世界ジュニア選手権キングストンジャマイカ200m1位20秒61+0.9
2002世界ジュニア選手権キングストンジャマイカ4x100mR(4走)2位39秒15-ジュニアジャマイカ新記録
2002世界ジュニア選手権キングストンジャマイカ4x400mR(2走)2位3分04秒06-
2003世界ユース選手権シェルブルックカナダ200m1位20秒40-1.1
2005世界選手権ヘルシンキフィンランド200m8位26秒27-0.5
2006ワールドアスレチックファイナルシュトゥットガルトドイツ200m3位20秒10-0.1
2006ワールドカップアテネギリシャ200m2位19秒96+0.1
2007世界選手権大阪日本200m2位19秒91-0.8
2007世界選手権大阪(日本)4x100mR2位37秒89-ジャマイカ新記録
2008オリンピック北京中国100m1位9秒69±0.0世界新記録
2008オリンピック北京(中国)200m1位19秒30-0.9世界新記録
2008オリンピック北京(中国)4x100mR1位37秒10-世界新記録
2009世界選手権ベルリンドイツ100m1位9秒58+0.9世界新記録
2009世界選手権ベルリン(ドイツ)200m1位19秒19-0.3世界新記録
2009世界選手権ベルリン(ドイツ)4x100mR1位37秒31-大会新記録

自己記録

  • 100m:9秒58(+0.9m/s)(2009年8月16日、世界記録)
  • 200m:19秒19 (-0.3m/s)(2009年8月20日、世界記録)
  • 400m:45秒28(2007年5月5日)
  • 400mリレー:37秒10(2008年8月22日、世界記録、第三走者)
    • 参考記録 150m:14秒35(2009年5月17日、直線コースの世界最高記録)

出典

  • NHK:アインシュタインの眼「北京オリンピック陸上100m徹底解剖」
  • 陸上競技マガジン

脚注

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外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

タイトル

先代:
ジャマイカの旗 アサファ・パウエル
100mシーズンベスト記録保持者
2008
次代:
未定
先代:
ジャマイカの旗 アサファ・パウエル
100m世界記録保持者
2008/5/31 -
次代:
未定
先代:
アメリカ合衆国の旗 タイソン・ゲイ
200mシーズンベスト記録保持者
2008
次代:
未定
先代:
アメリカ合衆国の旗 マイケル・ジョンソン
200m世界記録保持者
2008/8/20 -
次代:
未定
先代:
アメリカ合衆国の旗 ローレンゾ・ダニエル
200m世界ジュニア記録保持者
2004/4/11 -
次代:
未定

szl:Usain Bolt

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