阿頼度島
| 阿頼度島 | |
|---|---|
| 画像:Atlasov - Landsat 7.jpg | |
| 座標 | 北緯50度51分30秒 東経155度33分30秒 |
| 面積 | 150[1][注釈 1]km² |
| 最高標高 | 2,339[2][3]m |
| 最高峰 | 阿頼度山 |
阿頼度島(あらいどとう)は、千島列島の最北端に位置する火山島である。ロシア名はアトラソフ島 (остров Атласова)、英語表記はAtlasov。
島の名前の由来は、アイヌ語の「アウ・ライト(噴火口の内が地獄のようにどろどろに溶けた溶岩の溜池)」から。
ロシア名は、18世紀の探検家であるヴラジーミル・ヴァシーリヴィチ・アトラソフの名前に由来する。
また、19世紀末に北千島を探検した鳥居龍蔵は「アライド」を「ロシア人による命名」としている。
目次 |
地理やアイヌ語の由来
全体的に円形の島であり、阿頼度山(あらいどざん、海抜 2,339 メートル、ロシア名:アライト山 влк.Алаид、英語表記:Alaid)が聳える火山島である。千島列島の山で最も高く、かつ最北端に位置する。また、その秀麗な山容から一名を阿頼度富士ともいう。
「火山島」というだけあり、阿頼度山は1770年に噴火が記録されて以降、直近の1996年までに数年から数十年という間隔で何度も噴火を繰り返しており、特に1790年と1981年のものは全千島列島でも最大級の噴火であったといわれる。
1933年から1934年にかけての噴火では、島の東側に新たな島が形成されており、発見者の苗字から武富島(たけぶじま)と命名されている。島に入るためにはロシア人のガイドが必要で、一歩間違えると火山性のガスを吸い込んでしまうことも有り得る。
アイヌはかつてこの山を「オヤツコバゲ」「オヤコバッカ」、または「チャチャ(チャチャ・ヌプリ、爺爺岳を参照)」と呼んでいたため、別名として親子場山(おやこばざん)という呼び名がある。
また、正保御国絵図には「ヲヤコハ」、元禄御国絵図は「おやこば」、蝦夷闔境輿地全図は「ヲヤコバケ」との記述が存在する。
なお、別名である「親子場」の由来は「オヤク・オ・パケ(外側に・~にある・頭<島形>があたかも海上に置いたかに見える→島の列の外側に有って頭のような島)」からである。この由来が差す「島の列の外側」とは、千島列島の列から外れた西側に阿頼度島が存在するためである。
歴史
かつては北海道根室支庁占守郡に属していた。周辺はタラの良い漁場で、戦前の漁期には隣の幌筵島とともに本州や北海道から多くの漁師が訪れたという。
現在はロシア連邦が実効支配しているが、日本政府は国際法上は帰属未定所地であると主張している。
樺太千島交換条約の締結で千島列島全体が日本の領土になった時からサンフランシスコ講和条約によって樺太・千島の領有を放棄する時までは、この島の「最北埼(北緯50度55分30秒・東経155度32分)」が日本の最北端であった。
また、当時は北海道の山の最高峰が阿頼度山でもあった(現在は大雪山である)。
関連項目
参考文献
- 『北方領土地名考』 北方領土問題対策協会編、1978年
- ^ "International Kuril Island Project(IKIP、国際千島調査、英文)". University of Washington Fish Collection or the respective authors. 2009年7月24日 閲覧。
- ^ "Global Volcanism Program". 米国立自然史博物館(英文). 2009年7月13日 閲覧。
- ^ 北海道新聞社編 『千島縦断』、1994年 133 頁
注釈
- ^ 北海道新聞社編 『千島縦断』、1994年 133 頁では 155 平方キロメートル
外部リンク
- The Russian Kuril Islands Expedition to Atlasov
- Volcano Live
- Night view of eruption of Alaid Volcano, CIS
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Ace:Pulo Atlasov
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