ブロードキャスター

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ブロードキャスター
ジャンル報道情報ワイドショー
放送時間土曜日 22:00 - 23:48
→22:00 - 23:24(108分→84分)
放送期間1991年4月13日 - 2008年9月20日
(821回)
放送国 日本
制作局TBS
企画篠崎敏男(初期)
プロデューサー志賀順(制作P、末期)ほか
出演者山瀬まみ
三雲孝江
嶌信彦
福留功男
久保純子 ほか
出演者を参照)
オープニングオープニング曲を参照
エンディングエンディング曲を参照
外部リンク公式サイト

特記事項:
当初の正式タイトルは『情熱ワイド!ブロードキャスター』。

ブロードキャスター』(英称:BROAD CASTER)は、TBS系列で、1991年4月13日から2008年9月20日までの間、毎週土曜日の夜に生放送していた報道ワイドショー情報番組である。制作はTBSテレビ(旧・TBSライブ)。通称「ブロキャス」、「ブロキャ」、「ブローター」。

目次

概要

1991年4月改編で2時間ドラマ『ドラマチック22』を終了し、社会情報局(当時)主導の情報番組として放送が開始された。 当初は22:00 - 23:48の2時間番組(実質108分)だったが、1992年4月に『HEARTに聞け』の放送が始まり、放送枠が22:00 - 23:24に縮小した。

番組開始時は旧テレビ局舎Gスタジオからの生放送で、局舎移転後は放送センターのAスタジオから生放送された。Aスタジオが使用できない場合は同規模でAスタジオに隣接するBスタジオを使用する(極めて稀)。

初期

1991年4月13日の番組開始当初は『情熱ワイド!ブロードキャスター』(じょうねつ - )というタイトルで、山瀬まみ三雲孝江嶌信彦の3人が司会柴田秀一(TBSアナウンサー)がニュースキャスター清原正博(TBSアナウンサー)がスポーツキャスター、他には前年に日本人で初めて宇宙を体験した秋山豊寛(当時、TBS記者)がレギュラーコメンテーターを務めた。第1回では「スペシャルキャスター」として長嶋茂雄がゲスト出演した。

福留功男は、番組開始3ヶ月ほどで産休に入った三雲が復帰するのに合わせて1991年10月より出演開始。以後、山瀬は番組のワンコーナー「お父さんのためのワイドショー講座」の担当となる。

  • 番組終了を報じた新聞・雑誌記事で、福留が番組開始時から出演していたという記述がなされていたものもあり、本人も番組最終回で17年半出演していたかのような発言をしていたが、これは誤り。

「情熱ワイド!」時代、ザ・ニュースペーパーコントライブをするコーナーがあった(時間帯は後の「ブロードキャスター事件簿」と「お父さんのためのワイドショー講座」の間)。2007年12月29日放送分で、VTR内で少しコントを披露している。

番組初期、大相撲の本場所前になると大相撲コーナーが設けられ、元関脇の蔵間龍也が出演して優勝者を予想していたが、予想が当たらないことで知られ、番組の名物となった。同コーナーは1995年の蔵間の他界と共に自然消滅した。また競馬のGIが翌日にある時は犬のプリンちゃんを使って勝ち馬予想するコーナーも長く続いた。

「7days」「ブロードキャスター事件簿」「ワイドショー講座」などの企画が定着し、番組視聴率も安定し裏番組の「THE夜もヒッパレ」等を終了に追い込んだ。1996年TBSビデオ問題を機にTBSは社会情報局を廃止、これに伴って制作主体を報道局に移した。その後は制作部門を分社化した「TBSエンタテインメント」、TBSエンタから分かれた「TBSライブ」、制作子会社が再合流して「TBSテレビ制作局制作四部」、そして制作局から独立して「TBSテレビ情報制作局情報センター情報一部」へと制作部署が移っていった。

過度期

2004年秋の改編で三雲が「帯番組ジャストに専念したい」という理由で降板し、この年の3月NHKを退職した久保純子に司会を交代[1]。その時期から視聴率が若干ダウンしていくようになった。2005年春の改編でスポーツキャスターが小笠原亘(TBSアナウンサー)から土井敏之(TBSアナウンサー…『ウォッチ!』終了により2年ぶり当番組復帰)に交代した辺りから視聴率は持ち直すが、20%を超えることはなくなった。

番組開始当初、オープニングで「ブロードキャスター」とタイトルの出た後、気象災害や重大な事件・事故などを除いてお天気カメラ(天カメ。場所は横浜苗場新宿渋谷など)による夜景から始まっていた。その後、ダイレクトにスタジオの福留・久保の2ショットから始まったりその日のニュースやスポーツのヘッドライン的な映像で始まるようになったが、2006年1月21日の放送では皇居前からの映像でスタート、2006年4月8日からはオープニングアニメーションが変更され、ラストのタイトルロゴ表示時に夜景のライブ映像(日によっては、そうでないこともある)が少しではあるが取り入れられている。また、同年6月17日の放送から天気予報の背景にも、このライブ映像が用いられていた。

2006年4月8日からはオープニングイラストの変更と同時に今まで30秒のカウキャッチャーの後に番組スタートという形が、カウキャッチャーがなくなり22時ちょうどからのスタートになる。

晩期

2008年1月12日の放送分からセットが変更され、山瀬以外の席順や福留・久保の座り位置(2007年までは画面左が福留、画面右が久保)が入れ替わる。

同年7月26日の放送より、その前々日に第2子(次女)を出産した久保が産休に入る。久保は3月にフジテレビでのレギュラー番組『ウチくる!?』にて「出産ギリギリまで仕事をしたい」と語っており、その希望通り当番組にも出産ギリギリの7月19日まで通常通り出演していた(次週の欠席予告も特になし)。久保の役割はニュースキャスターの竹内由布子(TBSテレビ情報制作局キャスター)が担うようになったが、あくまで「竹内がメインキャスター(代行)に昇格」ということではなく、オープニングの挨拶は福留・竹内ではなく福留・山瀬・土井で行うように。そして久保は8月23日放送分より産後1ヶ月でのスピード復帰を果たした。

番組の終焉

2008年夏頃より、『週刊朝日』2008年7月4日号(2008年6月23日発売)や『日刊スポーツ』などのメディアにおいて、当番組の近々の打ち切りが報じられるようになった。このうち後者では終了の時期が9月末であることが明示され、また10%以上こそキープしているものの、裏番組の『エンタの神様』や『土曜プレミアム』等に押されて低迷を続ける視聴率のほか、メインの福留の高額な出演料がネックとなっていることが打ち切りの背景にあると位置付けている[2]

当初後番組にはバラエティ番組を配置することも検討されていたが、結局は当番組の内容をほぼ引き継ぐ形で、共に福留の明治大学の後輩であるビートたけし安住紳一郎(TBSアナウンサー)が司会を務める報道・情報系番組『情報7days ニュースキャスター』が10月4日より開始されることが決定。当番組終了および次番組に安住起用の件は7月9日に、たけし起用の件は9月に行われたTBS・井上弘社長の定例会見でそれぞれ正式に発表された。

2008年9月27日に『オールスター感謝祭』を放送のため、同年9月20日放送分を最後に『情熱ワイド!-』時代から17年半、計821回が放送された当番組は終了の運びとなった。最終回では「お父さんのためのワイドショー講座」の時間を延ばし、オウム騒動など17年半の放送期間中に起きた事件や騒動を振り返った。なお、三雲などかつてのレギュラーの出演はなかった(三雲は過去VTRには映った)。後番組の『情報7days ニュースキャスター』は『ブロードキャスター』とは内容をほぼ引き継いでいる物の花束贈呈などの司会者の引き継ぎは行われなかった。 ただ、放送中に番組予告CMは放送されていた。

当番組終了と同時期に福留の他のレギュラー番組だった共に日本テレビの『いつみても波乱万丈』『オジサンズ11』も終了となった。

2008年11月15日には山瀬が裏番組だったテレビ朝日の『SmaSTATION』にゲスト出演した。

2009年1月31日放送分のNキャスには、当番組の初代司会者の三雲がゲスト出演。2004年9月25日にブロキャスを降板して以来4年4ヶ月ぶりの同時間帯への出演となった。三雲は以後もNキャスに不定期に出演を続け、同年4月11日より正式レギュラーとなった。

番組の特徴など

  • オープニングCGアニメーションはテーマ曲変更の度に変更されていったが、番組のタイトルロゴは「情熱ワイド!」が途中で削除された以外、開始以来変更されなかった(CGアニメデザインはイラストレーターたむらしげる、タイトルロゴデザインは佐藤繁樹によるものである)。
  • エンディングはCGアニメの一場面を背景に「ブロードキャスター(改行)おわり」という表記が長らく続いたが、2006年4月からは「fin」という表記に変更された。
  • 最近の報道・情報番組では定番となっている画面隅の項目クレジット(主に右上はVTR中、右下はスタジオ内、たまに左上にタイトルロゴなど)はほとんど表示されず、出演者の氏名クレジットもいわゆる「座布団」などの装飾は施されず文字だけである(2003年秋のリニューアル以前の『JNN報道特集』とほぼ同じスタイル。ちなみに項目クレジットは2005年秋頃から「ブロードキャスター事件簿」や「7days」などのVTR中に表示されることがあったが、定着し切れていない)。TBSでブロキャス以上の歴史を持つ『サンデーモーニング』と比べてもクレジットに対する考え方は保守的なようである。2008年1月26日放送分から、アンカーマンとゲストコメンテーター、コーナーゲストコメンテーターにだけ「座布団」などの装飾が施されるようになった。
  • また最近の流行である「またぎボード」、CGなど、操作や制作に手間のかかりそうなセットも滅多に使用しない。そのかわり「お父さんのためのワイドショー講座」の順位ボード(2008年1月12日放送分より縦長のLCDモニターに更新)や特集でたまに使われるセットに予算をかけている。大型映像装置は2008年1月よりオープニング、「超どスポ!」、エンディングで使用されるようになった。
  • 西暦奇数年(TBSが『世界陸上』の放映権を獲得した1997年以降)や夏季オリンピック開催年はその特番によって番組が休止となる前後の週にレギュラー陣に夏季休暇を取ってもらい、FIFAワールドカップ開催年は秋の『オールスター感謝祭』放送前後の週まで基本的に休暇はなし(もしくは土曜日を跨がない6日間以内の休暇を取ってもらう)という方針のようである(言い換えるならば、健康上の理由以外の休暇によってレギュラー陣の誰かが欠けることは認めない)。
※レギュラー陣が平日帯番組の仕事を持っていた時期は、先述のようにブロキャス休止に合わせて帯番組を休んでいた(福留…日本テレビズームイン!!朝!』、TBS『ベストタイム』、三雲…TBS『ジャスト』)。
※2007年8月25日9月1日の「世界陸上」による2週休止の際、土曜午前中に久保が生出演している文化放送久保純子のライオンミュージックサタデー』は両日とも事前収録に変更。その裏番組である山瀬出演のニッポン放送高橋克実と山瀬まみ おしゃべりキャッチミー』は、25日に番組そのものが特番により休止となった。
(例外)
※福留は1998年9月26日10月10日10月3日は『オールスター感謝祭』)に、同年復活した日本テレビ『今世紀最後!! 史上最大! アメリカ横断ウルトラクイズ』のロケのため休んだ。その際、三雲は番組冒頭で「福留さんは遅い夏休みです」と、アメリカ横断ウルトラクイズのロケであることをほのめかさず説明した。
※山瀬は2006年(FIFAワールドカップ開催年)8月5日の放送で休暇を取り、「お父さんのためのワイドショー講座」は久保が代わりに進行した。
  • レギュラー陣以外からの代役起用についてもほとんど行われなかった。柴田秀一、待井由美子(柴田の後任、TBSテレビ報道局)の取材によるスタジオ不在時に吉川美代子が『JNNニュースの森』と兼務でニュースを担当した(福留に「今日は三雲さんの同期の吉川さんです」と紹介されていた)のと、竹内由布子の着任当初、取材によるスタジオ不在時に山田愛里が代役を務めた程度であった。竹内の産休時も、放送時間が近い最終版『JNNニュース』担当の升田尚宏広重玲子は起用されなかった。
  • 東京ニュース通信社作成による新聞ラ・テ欄Gコードあり版)では、末尾が「▽芸能情報(改行)福留功男ほか」となることが多い(23時台のスペースが1行少ない日刊編集センター作成のGコードあり版では同部分が全て省略。Gコードなし版では「福留功男ほか」のみ省略)。たとえその日の放送内容に芸能情報、すなわち「お父さんのためのワイドショー講座」で取り上げる予定の内容が書かれていても重複お構いなしの状態だった。
  • 以上のように他の報道・情報番組と比べて頑固で厳格、融通の利かない番組カラーとなっていたが、それがむしろ視聴者には安心を与えていたようで、迷走気味のフジテレビ日曜22時枠の報道・情報番組(関西テレビと共同制作)とは対照的に長寿番組として定着してきた。

番組編成上での短縮・休止例

「感謝祭」、「世界陸上」、「人間って何だ!?」以外に大型スポーツ大会で短縮・休止する例が稀にあった。

2000年シドニーオリンピック大会期間時の対応
9月16日9月30日共に夜10時台のハイライト番組「シドニーオリンピック2000」で休止した。
(注)9月23日はハイライトがあったが「スーパーサッカー」枠で深夜枠のハイライト番組「シドニーオリンピックTODAY」を放送した。番組自体は放送があった。
2008年北京オリンピック大会期間時の対応
8月9日はバレーボール・女子予選が編成する為、22:59までの放送。その時点の1分スポンサーは30秒CMだが、読み上げは通常通り。
8月16日は陸上決勝等で休止した。

出演者

メインキャスター

コーナー担当

スポーツキャスター

スポーツコーナー以外にも、サブ司会的役割も担う。一時ニュースコーナーも兼任していた。

ニュースキャスター・レポーター

2007年5月26日から同年9月22日まで産休
2008年7月26日、8月2日、8月9日は久保純子のポジションを兼任。

レポーター

  • 原山理一郎(TBSテレビ情報制作局情報センター情報一部。但しエンドロールには氏名表記なし。主に「ブロードキャスター事件簿」を担当)

コメンテーター陣

初めて登場する際には経歴等文字テロップが流されていたが、2008年1月26日よりアンカーマンも含め、初登場に関係なく表示されている(ただ、宮崎県知事東国原英夫はレギュラー出演者と同じテロップで表示)。なお『みのもんたの朝ズバッ!』『みのもんたのサタデーずばッと』『情報7days ニュースキャスター』とは異なり、現職国会議員が出演することは基本的になかった(1996年秋の衆議院議員選挙当選直後の旭道山和泰が出演した回や、かつて一度コメンテーターを招かず各党から1人ずつ政治家が招かれ、途中まで出演しエンディングではレギュラーメンバーだけが残った回もある。また過去に、新進党からの衆院選出馬が取りざたされていた岩國哲人をコメンテーターで出演させて自民党の抗議を受けたことがある)。

区別の付け方としては氏名クレジットに敬称がつかず(嶌信彦、ジョージ・フィールズ時代は肩書表記もなし)、オープニングではゲストコメンテーターの後に紹介され(嶌、フィールズ時代は紹介なし)、特集や7daysのVTR後は最後にまとめのコメントを求められるのがアンカーマンで、そうでない人がゲストコメンテーターであるが、2008年1月26日よりアンカーマンにも「○○さん」と敬称が付けられている。

アンカーマン

レギュラーコメンテーター的存在で初代の嶌信彦1991年春 - 1997年)、2代目のジョージ・フィールズ1997年 - 2004年9月25日)、3代目の榊原英資、ビル・トッテン、北川正恭(2004年10月9日~、週替わりで出演)に続き、2006年7月下旬以降は岡本行夫、末吉竹二郎、藤巻健史も加入(トッテンは2006年春以降出演がなく、自然降板した)。ちなみに北川はアンカーマン起用以前、ゲストコメンテーターとして出演していた。また藤巻はゲストコメンテーター扱い(ゲストということで氏名クレジットには敬称あり)で出演することがある。2007年12月29日放送分では前週に出演した岡本を除く現行メンバー4人が勢揃いし、後述ゲストコメンテーターの出演はなかった。

ゲストコメンテーター

基本的に毎週、以下の男性女性のゲストコメンテーターが1人ずつ出演をしていた。
並びは男性陣は山藤から平田までが、女性陣は吉永から渡辺までが順不同で並んでおり、男性は木村政雄から、女性は織作峰子から初めて登場した順になっている。2008年1月26日からは、男性・女性を問わずゲストコメンテーター1人とアンカーマン1人が出演するだけとなった。

男性ゲストコメンテーター

女性ゲストコメンテーター

その他

毎日新聞専門論説委員の松田は、出演歴は長いがアンカーマンやゲスト(準レギュラー)コメンテーターとしては起用されなかった。東京大学教授の御厨は、2007年春から司会を務める『時事放談』(松田も「協力」という形で携わる)の構成作家・日野原幼紀が当番組も担当している縁で出演するようになったと思われる。
※また「情熱ワイド!ブロードキャスター」時代には、上岡龍太郎山城新伍などが週代わりで初期のゲストコメンテーターとして出演した経験がある。直近では、2008年2月2日南こうせつ、同年2月9日には千住明が出演した。

途中降板のゲストコメンテーター

男性
女性

ナレーター

  • 小早川正昭(特集1、ブロードキャスター事件簿)
  • 生野文治(特集2)
  • 関口伸(7days、お父さんのためのワイドショー講座)
  • 鈴木まどか(7days、お父さんのためのワイドショー講座)
  • 山田真一(通常は土井敏之が生でナレーションを入れる「超どスポ!」の土井不在時など)

主なコーナー

詳細は「ブロードキャスターのコーナー一覧」、「お父さんのためのワイドショー講座」をそれぞれ参照

主なトラブル

盗作事件

1995年前後にスポーツニッポンの明日の1面を紹介するコーナーを東京のスポニチ本社から中継で放送していたが(運動部の大隅潔記者が出演。当初は大隅記者の風貌がヤクザっぽいということで「代貸の目」というコーナー名だったが、さすがにまずいということで途中からこの表現はなくなった)、1996年10月から1997年3月にかけ、スポニチの競馬記事(調教師のコメント、短評)が競馬エイトに掲載されていたものをそのまま引用していたことが発覚。コーナーは打ち切りとなった(スポーツニッポン#疑義が持たれた報道も参照)。

寂しい番組卒業

司会の三雲、アンカーマンのフィールズ、ニュース担当の長岡杏子の出演最終日となった2004年9月25日のエンディングでフィールズが残り放送時間を気にせずしゃべり倒してしまい、本来ならフィールズより丁重に送り出されるべき三雲がほとんどしゃべれずに番組が終わってしまった。なおフィールズにとってはおそらくこの日が生前最後のテレビ出演になったものと思われる。

番組オープニング曲・エンディング曲

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています

番組開始初期を除き、オープニング・エンディングではポップスジャズミュージカル音楽などの洋楽をカバーした曲を使用している。現在の曲は2007年7月7日より使用されており、オープニングもエンディングも同一の曲が使われる(以下参照)。曲が変更される際にはCD発売日に近い放送日(そうでない場合は、発売後の最初の土曜日)に必ずプレゼントされていたが、山下達郎の『バラ色の人生〜ラヴィアンローズ』はプレゼントされていない。それに替わって、CD発売された最初の土曜日の「ワイドショー講座」内で山下のコメントが紹介された。

なお、過去の曲リストについては2008年9月20日現在のものを示している。

オープニング曲

以下の曲は、すべて番組のテーマ曲も兼ねていた。『君住む街角』と『バラ色の人生〜ラヴィアンローズ』はエンディングでも使用された。

  • 放送開始 - ?(最初):不明(シンセサイザー曲)
    • スポンサークレジット等でもアレンジが使われていた。
  • 1991年7月? - ?(放送初期):『カレンダー・ガール』 サーカス
    • 原語で歌っていた。
  • ? - ?(1995年頃):『Modern Girl』 ソニア
  • ? - ?:『月光価千金』 吉田日出子
  • 2001年6月 - 2002年6月:『ハウ・ハイ・ザ・ムーン』 小林桂
  • 2002年7月 - 2004年9月:『ナイト・アンド・デイ』 小林桂
  • 2004年10月9日 - 2006年3月25日:『I Could Have Danced All Night』 唄・ピアノ演奏:石原江里子
  • 2006年4月8日 - 2007年6月30日:『君住む街角』 唄:竹内まりや編曲服部克久
    • 2006年4月8日の曲紹介の際、福留・久保から竹内自身も番組の一視聴者であることが明かされた。なお原題は、2004年9月までエンディングで使われたchieが歌うバージョンの『On the street where you live』と同じである。
  • 2007年7月7日 - 2008年9月20日:『バラ色の人生〜ラヴィアンローズ山下達郎
    • 歌い手が妻から夫へとリレーすることに。またオープニングでの男性歌手起用は2004年9月までの小林桂以来。
    • なお現テーマ曲になった2007年7月7日の放送では、CM入り前のジングルは前週まで流れていたもの(「君住む街角』の後奏)が流れていた(翌週からは本曲の後奏に変更)。

エンディング曲

  • 1991年頃 『未来女』:桂銀淑
  • 1992年4月 - 1992年9月:『ミス・ベスト・ワン』 財津和夫
  • 1992年10月 - 1993年3月:『いちばん大好きだった』 谷村有美
  • 1993年4月 - ?:『もう少しで明日だね』 SEAGULLS
  • 1994年10月 - ?:『土曜日とペンと腕時計』 石嶺聡子
  • 1997年? - ?:『answer』 infix
  • 1997年10月 - ?:『Love is a Rose』 高橋洋子
  • 1998年4月 - ?:『心の地図』 亜波根綾乃
  • 2001年? - ?:『THEY LONG TO BE CLOSE TO YOUSING LIKE TALKING
    • 放送時は太字部分がテロップで表示されていた。
  • ? - ?:『CRAZE FOR YOU』 古内東子
  • ? - ?:『星に願いを』 小林桂
  • 2002年? - 2002年12月:『スマイル』 小林桂
  • ? - ?:『Heart of Mine』 Lyrico
  • ? - ?:『アルフィー』 フライト・プライド
  • ? - 2004年9月:『On the street where you live』 chie
  • 2004年10月 - 2004年12月 『I Wanna Be Love By You』 石原江里子
  • 2005年1月 - 2005年3月 :『What A Wonderful World』 石原江里子
  • 2005年4月 - 2005年9月:『Wonderful Tonight』 CORE OF SOUL
  • 2005年10月8日 - 2006年3月25日:『TIME AFTER TIME』 槇原敬之

スタッフ

  • 構成:光内章博 / 和泉二郎、日野原幼紀、山本洋左右、浜田悠、新里幸久、中村益雄
  • (オープニングタイトル)原画:たむらしげる
  • TM:柳澤任広
  • TD:望月隆
  • VE:佐藤公幸
  • 音声:原田光
  • 照明:高橋章
  • カメラ:飯橋俊昭
  • 編集:東放制作
  • 音響効果:金崎いずみ
  • 選曲:エヌ・エス・エル
  • TK:窪田賢子
  • オープニングCG:佐藤繁樹
  • 美術プロデューサー:杉浦仁
  • 美術制作:町山充洋
  • 美術デザイナー:高松浩則
  • 装置:多田亜希子
  • 装飾:野呂利勝
  • 生花:神谷博子
  • 衣裳:スタッフ・ドゥ
  • 化粧:アーツ
  • 番組宣伝:反町浩之
  • ワイドショーランキング制作:S-PROJECT
  • チーフディレクター:藤島浩司、原田正幸、木下太志、池田章
  • ディレクター:野口勝広、小野鉄博、倉本拓、大井啓之、森田重雄、木村幸一、大嶋清広、新井康孝、萩原直子
  • AD:木村卓造、阿部沙織、吉永紗弥子、長嶋聖、松本智代、工藤聡、高津美奈、西屋晶、小西哲也、井上大輔
  • 芸能デスク:稲垣吉昭
  • 制作デスク:武藤智香子
  • AP:進藤清徳、石井邦子
  • プロデューサー:菅谷敬(番組初期はディレクター)、熊谷春彦(番組初期はディレクター)、上田淳
  • 制作プロデューサー:志賀順
  • 制作協力:TBS-V
  • 制作:TBSテレビ(2000年4月から2001年3月はTBSエンタテインメント、2001年4月から2004年9月はTBSライブと表示)
  • 製作著作:TBS

途中降板のスタッフ

  • 企画:篠崎敏男(番組初期)
  • 構成:大谷哲郎、松林美妃
  • 制作プロデューサー(2005年頃まで「制作」と表記):佐中恭、須賀和晴、高徳文人
  • プロデューサー→制作プロデューサー:鈴木達郎
  • チーフプロデューサー:長田透
  • プロデューサー:両角敏明
  • AP:高橋一晃
  • チーフディレクター:日下部実
  • ディレクター:小河原均、鈴木浩二、疋田智、日野雅史、森下智己、武澤忠、藤岡純太郎、吉田尚弘
  • AD:戸島紅、大野卓也、加藤喬子、山田諭
  • 番組宣伝:吉野智
  • 音楽:天野正道
  • TM/TD:高木敏之、奥村秀樹
  • TD(1995年頃まで「技術」と表記):白根英路
  • VE(1995年頃まで「映像」と表記):丹野至之
  • 音声:守屋慎司
  • 照明:正木正登
  • カメラ:日比谷勝
  • 選曲:宮川亮(エヌ・エス・エル)
  • 音響効果:宮下博国
  • 美術プロデューサー:宮沢利昭、笠松和明
  • 美術デザイナー:西條実
  • 美術制作:島田孝之、海上泰隆
  • 装置(1995年頃まで「大道具」と表記):千石毅
  • 装飾(1995年頃まで「小道具」と表記):高橋啓三

番組ネット局

脚注・出典

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関連リンク

外部リンク

同ホームページでは1998年4月から2006年12月までジャーナリストの河原雄三がコラムを連載していたが長期連載にもかかわらず河原本人は番組に一度も出演したことがなく、またその理由についても明らかにしていない。2008年現在は出演者紹介と「お父さんのためのワイドショー講座」のランキングが掲載されているのみである。
TBS系列 土曜日22時台・23時台前半枠(1991.4.13 - 2008.9.20)
前番組番組名次番組
予告
※22:00 - 22:02
ドラマチック22
※22:02 - 23:54
情熱ワイド!ブロードキャスター

ブロードキャスター
TBS 土曜日23:24 - 23:30枠
ドラマチック22
※22:00 - 23:54
情熱ワイド!ブロードキャスター
TBS系列 土曜日23時台後半枠(1991.4.13 - 1992.3)
ドラマチック22
※22:00 - 23:54
情熱ワイド!ブロードキャスター
HEARTに聞け
※23:30 - 24:00

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