お好み焼き

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お好み焼き屋の提灯
お好み焼き屋の提灯

お好み焼き(おこのみやき)は、鉄板焼き料理のひとつ。

水に溶いた小麦粉を生地として、野菜魚介類などを具材とし、鉄板の上で焼き上げ、調味料をつけて食するものであるが、焼き方や具材は地域において差が見られる。

目次

歴史

お好み焼き類の起源は、安土桃山時代千利休が作らせていた「麩の焼き」であるといわれている。その後、麩の焼きを起源として江戸末期から明治にかけ、味噌の代わりにを巻いて作る「助惣焼」が生まれる。この食べ物は東京の麹町で生まれ、明治時代には「もんじゃ焼き」「どんどん焼き」が生まれた。大正12年の関東大震災の際には主食的位置を占め、昭和になると東京ではウスターソースを塗って食べる「文字もんじゃ焼き」や「一銭洋食」が食料不足を補う方法としてもてはやされるようになる。それらが大阪にも伝わり、コンニャクや豆の具を入れしょう油味で食べる「ベタ焼」「チョボ焼」が誕生し、それが各種鉄板料理へと派生、関西地方や広島県において現在「お好み焼き」と呼ばれるスタイルに発展したといわれる。(麩の焼き -> 助惣焼 -> もんじゃ焼き -> どんどん焼き -> 「お好み焼き」)[1]

北海道

大きいチェーン店があるが、北海道全体で人口比の店舗数が少なく[2]多くは食べられていない。

東北地方

詳細は「どんどん焼き」を参照

もんじゃ焼きから発展したどんどん焼きがある。岩手県では、円形に薄く焼いて「薄焼き」または「どんどん焼き」と称する。宮城県には、半月形に焼いた「どんどん焼き」または「お好み焼き」と称するものと、木の棒にロール状に巻きつけた「くるくるお好み焼き」がある。山形県には、木の棒に「ロール状」あるいは「短冊状」に巻きつけた「どんどん焼き」がある。

関東地方

専門店ではもんじゃ焼きのように鉄板が各テーブルに設置され(兼売されている場合もある)、客が自分で焼くスタイルの店が多い。

メニュー名は加えられる具材を指して「○○天」と表現する事が多い。昔の具はもんじゃと同じ桜エビ、切りイカ、焼きそば、紅生姜が使われる事が多かったが、現在はチーズや餅、明太子をはじめ、トッピングはバラエティに富んでいる。

完成後は「ピザ」のように放射状に切る場合があり、使用するソースは、ブルドッグソースの中濃ソースやマヨネーズなど様々である。

東海地方

遠州地域では「遠州焼き」と呼ばれ、たくあんなどの漬物や紅しょうが、ねぎを刻んで生地に入れることがあり、静岡市のかつてのおでんの扱いと同様に駄菓子屋などで食べられた。名古屋市同様、具と生地を混ぜてから焼く。

名古屋市のお好み焼きと関西風お好み焼きの違いは、肉などの具を一緒に生地に混ぜてから焼く点にあり、後から載せる関西式とは違っている。名古屋市の調味料メーカー、カゴメのお好み焼きソースが使われる比率が高い。同じく名古屋市の調味料メーカー、コーミからは家庭用のお好み焼きソースとして赤だしみそ入りの『コクうまお好みソース』が発売されている。お好み焼きのソースに味噌を入れるのは、さすが名古屋と驚く人が多い。 スーパーマーケットやホームセンターのフードコートなどでは、初期の広島風と同じく二つ折りにしてアルミホイルに包んで販売されることが多い。ただし、麺をクレープ状の生地で巻く広島風とは異なり多くが麺なしで厚みのある関西風あるいは東海風である。また、量を少なくし価格を100円台からと安く抑えてある店舗が多い。

関西風お好み焼き

辛みそやお好み焼きソースやかつおぶし
辛みそやお好み焼きソースやかつおぶし

大阪地方を中心とする関西風お好み焼きは、小麦粉の生地に刻んだキャベツを混ぜて鉄板上で焼く調理法をとる。また、生地の中に山芋を混ぜ込み食感を軽くする工夫が行われることも多い。因みに地元関西では「お好み」と略して呼ばれる事が多い。

歴史

戦前までは、「洋食焼き(大阪)」「一銭洋食(京都)」「にくてん(神戸)」などと呼ばれ、小麦粉を水で溶き鉄板に円状に広げ、その上にネギや天かすなどを載せて焼く「のせ焼き」が主流であり、子供のおやつのようなものであった。 かつて(昭和30年代ころまで)関西の下町では、町内に一軒位の割合でお好み焼き屋があり、庶民の親しまれる日常の食べ物であった。夫婦で自家営業する形態が一般的だが、戦争などで夫に先立たれたり、水商売を引退した女性などがひとりで経営する店も多く見られた。

基本的な肉・野菜焼きをベースにソバ焼きあるいはモダン焼き、そして季節の魚介類をも加え、文字通り客の「お好み」に応じて鉄板の上で焼き、ビールや酒類のつまみとしても供した。

その後、食生活が多様化するに従い、このような内職的な店は廃れ、繁華街を中心にして専業化した店が他の食種とも味を競うようになった。また、高級化してステーキや魚介類を中心とした鉄板焼き店に業態を変えた店も多い。

ソース

ツヤと粘度があり、各種野菜とナツメヤシなどを用いて甘みと辛味の加減が程良いソースが用いられる。大阪市イカリソースブルドックソースの子会社)、神戸市オリバーソース名古屋市カゴメ広島市オタフクソースなど大手メーカーのお好み焼き用のソースが存在する。また各地には独特の地ソースが存在しており、その地域の味として利用される事がある。お好み焼き専門店では、これら既製品のみならず、ウスターソース(中濃ソース・濃厚ソースなどを含むウスターソース類の総称ではなく、狭義のウスターソース。以下同じ)、とんかつソース、辛口のどろソースなど各種のソースをブレンドして独自のソースを使用することも多い。

マヨネーズ

従来、古くからある関西風お好み焼き店の多くはマヨネーズをかけたり、つけたりすることはなかった。広島や神戸では、現在でもマヨネーズの使用は少なく、同じ関西でも大阪と神戸ではマヨネーズに対する嗜好に違いがある。現在の大阪では多くの店でマヨネーズがかけられているのに対し、神戸ではより伝統的なお好み焼きにこだわり、マヨネーズを置かない店も少なからず存在し、また置いていても注文しないと出てこないことも多い。どこでいつから関西風お好み焼きにマヨネーズをつけるようになったかは諸説あり定かではなく、ぼてぢゅうの説、個人店が最初という説、またそれ以前から家庭内で使われていたと言う説もある。関西風お好み焼きを供する多くの店ではマヨネーズが使用される。また、店によっては溶き芥子を少量加えることもある。

モダン焼き

モダン焼き(「そばのせ」とも言う)は、関西風お好み焼きの一種で、具材に焼きそば用の茹でた(あるいは蒸した)中華麺を生地に混ぜ、または通常のお好み焼きに重ね、焼いたもの。中華麺の代わりにうどんを用いる場合もあり、「うどんモダン」と呼ばれる。また、店によっては、重ねるお好み焼きの生地に卵を加えない場合もある。ボリューム感あふれる外見とそれに違わない食感が特徴である。[要出典]通常、具材としてはオプションとして用意されている。神戸・明石周辺では、焼きそばを生地をつなぎとして固めたものが「モダン焼き」と言われている。薄く生地を焼き、その上に焼きそばを乗せ、その上から生地をかけてひっくり返して焼くものである。[要出典]

関西での文化

関西風お好み焼き屋の業態として、オーダーごとに生の具材と生地を客に提供し、客が自分で調理し焼き上げる半セルフサービスの店がある。店側としては食材を用意するだけで良く省力化ともなるので、チェーン店などでこの方法をとる店も多く、関東一円でもこの形式の店は顕著に見られる。ホットプレートなどの普及で、お好み焼きが家庭でも広く一般化し、高度な調理技術を要求されないこともあり、店側の焼き方にとらわれず自由に焼き具合や調味加減ができる面白さも手伝って、カップルや学生、団体客などの需要に受けている。

お好み焼きをおかずとする人が多いのが大阪の特徴[3]。また、関西のお好み焼き屋、定食屋には米飯を添える「お好み焼き定食」を出す店舗が存在する。

近年、関東でも関西風お好み焼き店が増えており、その客も関西出身に限らず関東や日本各地の出身者も多い。しかしその食べ方は、関西とそれ以外の出身の人たちでは大きく異なる。関西ではお好み焼きはテコでさいの目状に切って箸を使わずに食べるが、関東をはじめとする日本各地の出身の人たちは、ピザと同じようにお好み焼きの中心から放射状に切って食べることが多い。

広島風お好み焼き

広島風お好み焼き
広島風お好み焼き

成り立ち

主食の米が不足した戦争時代に子供のおやつだった一銭洋食を元に野菜などを増やしたものがお好み焼きの始まり。2006年現在、広島市だけで800軒以上(1992年中国新聞調べからの推定)、広島県内には2000軒あるといわれる。1950年頃に発生した屋台街(後にお好み村になる)で開業したみっちゃんの井畝井三男と善さんの中村善二郎が広島風お好み焼きの元祖と言われている[出典 1]。その他、初期のお好み焼きの屋台の流れをくむ店は麗ちゃんへんくつやなどがある。1950年当時のお好み焼きはねぎ焼きに近い物であった。

戦争や原爆で夫を亡くし、自宅の土間を改造して店を始めた女性も多く「〇〇ちゃん」という屋号が多いのはその名残りである。また、1963年に中国地方を襲った昭和38年1月豪雪で、中国山地の農村から一家で離村し、高度経済成長期の広島市に移住した農家の主婦が開業した例も多い。現在も町の小さなお店に、老婦人が一人で焼く店舗が残るのはこの理由もある。昭和40年代頃までは、家から卵や肉をお店に持っていって入れてもらう事が出来た。現在は卵や肉は、基本で入っている場合が多いが、昔は野菜とそばだけ、あるいは野菜だけも珍しくはなかった。この頃の野菜だけの値段は250円程度だった。またお店で食べず、家に持って帰る場合は家から平らな皿を持っていった。今はプラスティックのトレーが普及しているが、当時はまだ無かったため皿は必需品だった。この皿に薄くソースを塗ってお好み焼きを置いた。まだラップの無い時代のため、その上から新聞で包んだので、持って帰ると新聞がソースだらけとなった。

広島地区での焼き方は、現在の広島風お好み焼きと同じく「のせ焼き」だった。当初は、肉が入っていない野菜の重ね焼きで、二つ折りにして新聞紙にくるんで提供されていた。キャベツや揚げ玉などが入れられていたが、そばは入れられていなかった。このクレープのような生地に二つ折りにして挟むというスタイルは現在でも残っており、円盤状のものに比べて場所をとらないため、焼きそばと卵焼きを挟んだものが広島県内のスーパーマーケットでよく売られている。

戦後の食料事情により、季節により供給量が左右されるネギを、単価が安く年間通して手に入りやすいキャベツに変えた(もやしは後年入れられる事になる)。昭和30年代になると、そば(中華めん)やうどんを入れるようになる。これはその頃発売されたインスタントラーメンの影響ともいわれている。当時は米はまだ高価な時代だった。

広島風お好み焼きも、最初の頃はウスターソースを使っていた。多くなった具に対応するためにそばを焼そば状にソースで味付け、さらに表面にも塗っていた時期もあった。地区によっては、ソースはお好みソースに変わったが、作り方自体は今に残っている所もある。具材が増えたことでソースの味を濃くする必要があったためにソース会社に意見を出し、ソースを作る際に出来る沈殿液を使うようになり、さらに甘く味付けしたり、とろみを付けたりした事で、現在のお好みソースに発展した。

見栄えを良くするために二つ折りだったのを、折らずに円盤状にした。当初おやつ程度の物だったのが、主食に変化していった。そうして、1955年頃に現在の広島風お好み焼きになった。お好み焼きは突然完成形が出来たわけではなく、当時は屋台営業の為に他店の手の内が分かりやすく、他の屋台の影響を受け合いながら、現在の形に進化していった。

名前についても、当初は決められた名前はなかった。好きな具材を入れていく事で好み焼き、しかしこの名称では良くないのではとなり、頭にを付けてお好み焼きになったらしい。自然発生的に名前が付いた[出典 2]


調理法

キャベツなどの具と生地を混ぜずに焼く一銭洋食に似た調理法を使う。

ラッキョウは普通は入れない

広島風では「イカ」と言った場合、他の地域と異なり生イカではなく、香ばしさを求めスナック菓子の「イカフライ」を混ぜて調理する場合が多い。揚げ玉もイカフライの天かすを用いたり、いか粉を生地に配合して風味を付けた天かすといか天の破片少々を混合したものを用いる。通常のイカ入りは、メニューには「生イカ」と表記され区別される。また、三原市の老舗においては、のしイカを揚げた「イカフライ」を「のしイカ」と呼称し、「生イカ」と区別する場合も多々見受けられる。

焼きそば用麺またはうどん等の麺を別に薄い塩味で炒めたあと、お好み焼きに合体させて焼きあげることが多い。広島以外の地域ではこれらの麺入りのお好み焼きを関西風と区別する意味もこめ、総じて「広島焼き」と呼ぶことが多いが、広島人であれば必ずと言っていい程使わない。単にお好み焼き、あるいは広島風お好み焼きと呼び、広島焼きと言ってもすぐには通じない。また「広島焼き」には一部の地域で、原爆被害者の隠語として使用されていた。逆に、広島以外で広島風お好み焼きといえば、字義通り広島風のスタイルを取り入れた生地の厚いタイプ、あるいは「広島風お好みピザ」に近いものであることが多く、広島人の期待は裏切られることが多い。[要出典]また、関西風の「モダン焼き」(そば入り)という言葉も広島ではまず通じない。ただし、広島県内でも三原市ではそばまたはうどん入りの広島風お好み焼きをモダン焼きと呼んでいる店が存在している。


ソース

ソースは広島のメーカーであるオタフクソースがお好み焼き店の開業を支援していることもあり、多く利用されている。味は若干甘め。また、地場のカープソース(やや辛め)・サンフーズミツワソースセンナリ広島ぢゃけん三原市中間醸造のテングソースなどの他社製ソースを用いる店舗もあり、いろんな種類が使われている。その見分け方は、これらソース会社が自社のネームが入った暖簾を作り、納入先のお店に提供しているため、お店入口に掛けてある暖簾を見れば使っているソースがたいてい分かる。近年ではプラス・ノボリを立てている店も多いので分かりやすい。またお好み焼きを食べるときに用いるコテ(ヘラ)などの道具にもメーカー名がついている。特に広島市内には多くの小規模な店舗があるが、これは戦後これらのソース会社がそれぞれのお好み焼き店の開業の支援をしてきたからで、「近所の主婦」が内職の感覚で自宅の一部を改装して安価で店を開くことが出来たのである。店によっては、各社のソースをブレンド(例えばオタフクをベースにウスターソースをブレンド等)するケースもある。

広島県はもともとの産地であった。オタフクなど多くのソースメーカーは酢の醸造会社をルーツに持ち、今もソースと酢の両方を製造している。その技術がソースの製造にも応用できたことがこれらのソースメーカーの隆盛につながり、お好み焼きの普及にも一役買ったものと考えられる[要出典]

マヨネーズ

大阪では多くの店でマヨネーズがかけられているのに対し、広島のお好み焼きはマヨネーズは使わない。しかし、広島市中心部などで卓上にセルフサービス用のマヨネーズを置いている店がある。マヨネーズを置くお好み焼き専門店でも、店舗によっては追加料金を必要とする場合もあり、この場合スティックタイプ個別包装のものが添えられる例が見られる。特に注文せずにマヨネーズを掛けられる店に対しては、嗜好の違いや年齢層によってはこれを好ましく思わない人々も多い。

注文の仕方

広島のお店の注文書(メニュー)には"お好み焼き そば(うどん) 肉 玉子"という風に書いてあるが、これをすべて言わず「肉玉そば(うどん)入り」、「そば(うどん)の肉たま」(玉子はたまごと言わず「たま」と言う)、あるいは「そば(うどん)の肉イカ天」などと注文する。それとそば(うどん)の下にWと書いてあることがあるが、これはそば(うどん)の二玉分(ダブル)の事である。

「ちゃんぽん」とオーダーすると、そばとうどんを1玉ずつ入れたお好み焼きが出てくる。ミックスダブル等の呼び名もある。

広島県内等には、スチロール製の容器での持ち帰りやその予約が可能な店もある

食べ方

広島風はヘラで食べる。昔の広島のお好み焼き店はどこも規模が小さく、窮屈で狭い(理由は「広島風お好み焼きのソース」の項参照)。鉄板のまわりにしか席が無い狭い店もあり、客は鉄板の上でヘラで食べていた。お好み焼が始まった当時は割り箸だったが、割り箸は高価でヘラで食べるようにしたところ喜ばれたとされている。また、屋台発祥の店では、屋台営業時の名残で皿をわざわざ洗うための水を節約するため、鉄板で食べさせて、洗い物を無くすという理由もある。近年大きめの店が増えテーブル席が増えたこと、またヘラで食べるのはコツが必要で、よそからの観光客が増えたため箸を出す店が多くなった。焼き上がる直前に「鉄板」で食べるか(ヘラで食べるという意味)、「皿」で食べるか(箸で食べるという意味)を聞く店が多い。熱々が美味しく、また、広島風お好み焼の独特な成層構造を一口で味わうためにも「鉄板」で食べることを勧める者もいるが、しかしヘラで食べると金気臭さがあるので良し悪しであろう。
関西風は、小型のヘラ(方言で「テコ」と呼ぶ地方がある)で直接食べるのが大多数であるが、で食べるという人もいる。店でも「箸で食べる」と説明書きがある場合(鶴橋風月など)もあれば、ヘラを勧める場合もある。

地域差

広島県内であっても地域によって作り方が異なる。福山市など岡山県境に近い広島県東部(備後地域)では近畿圏にも近いことから関西風のお好み焼き店が多い。備後地域では関西風のお好み焼きがもともと主流であったところに、後から広島風お好み焼きが浸透していった。なおこの地域ではお店によって変わった具を入れる所がある。以前、因島出身の東ちづるが、料理番組でコンニャクを加えて「広島では入れるんです」と言ったことがあるが、この地域だけである。府中市では豚バラ肉の代わりにミンチ肉や細切れ肉を入れ「府中焼き」と呼ぶ。地場産業の家具桐箱製造業で働く母親が多く、お好み焼きは子どものおやつや晩ご飯だったため、子どもがお小遣いで食べられるようにとバラ肉ではなく安い合い挽き肉を使ったのが始まりである。ミンチ肉は細かいため熱を通すとよくダシが出てうま味が増し、脂も多く出て麺がカリッと焼き上がるのが特徴。狭い鉄板でたくさん焼けるようにという工夫から、形は楕円形をしている。また尾道では砂ズリ(砂肝)を入れる店があり、呉市ではうどんを入れたり普通に焼いた後、半分に折り半月型にする場合が多い。

広島での文化

ホットプレートなどを用いて家庭で作ることも出来るが、関西風お好み焼きが一般的な家庭料理として普及している関西と比べると、広島におけるお好み焼きは「プロが焼くもの」「専門店で食べるもの」という要素が強い。関西風と比べて遥かに大量の野菜が入り、また分厚くて火が通りづらい広島風の場合、家庭の低い火力では野菜の水分が飛ばずにべちゃっとした仕上がりになってしまうこと、ひっくり返すのにも多少の技術が必要なこと、生地・そば・卵などを同時に焼ける広い鉄板が必要なことなどがその理由である。関西風のような半セルフサービス形態の店も広島には少なく、ほとんどの場合店員が最初から最後まで調理し、完成品が客に供される。

昔はお店で、それもお昼に食べるもので日の暮れた夜には食べないものだった。これは学生が土曜日に学校が半日で終わったあと、店でよく食べたことが理由と思われる。学校週5日制が導入される以前に学生生活を送った、現在30代以上の広島県人にとっては土曜日のお昼、学校帰りにお好み焼き、というのが習慣であり、それは現在も記憶に刷り込まれている。このため夜は町のお好み焼き店は閑散としていて早目に閉める。これも前述した主婦の内職としての経営形態が多くあったことが影響している。つまり夫は外で会社勤めをし、妻は家でお好み焼き屋を営んでいて、家族がいない昼間にお好み焼き屋をやっていた店が多くあった。

最近は大規模なお好み焼き屋が開業したことでそういった小規模な店舗は姿を消してきている。また修学旅行などの観光旅行で広島市に来た場合は「お好み村」がコースの中に組み込まれているなど、市内中心部の観光スポットとして夜にも活況を呈している。

上京した広島県人がお昼に「お好み焼きを食べよう」と周りに言うと「昼からお好み焼きかよ」と賛同を得られない。これは前述したように広島県人と他県人の「お好み焼きをいつ食べるか」という認識の違いである。特に営業職に就くサラリーマンの場合、衣服にお好み焼きの匂いが付くのも敬遠される要因である。


近畿地方

大阪・神戸を中心とする地域では、牛肉を具として用いることも少なくない。薄切りの牛肉以外にも、神戸市長田区では「ぼっかけ」と呼ばれる牛すじの煮込みが名物とされているほか、いくつかの地区ではあぶらかすを用いることも一般的である。

兵庫県神戸市のにくてん、大阪市のねぎ焼きなど、ネギを用いたお好み焼きも人気がある。

神戸市では「大貝」と呼ばれるウチムラサキ(本荘貝)もよく用いられる。

大阪府岸和田市には、「かしみん焼き」と呼ばれる、鶏肉牛脂を具として用いた混ぜ焼きがある。 大阪府富田林市には、「ブー太郎焼き」と呼ばれる、豚テキを用いたお好み焼きもある。

京都市の左京区にはキャベツの代わりに白菜を使う「白菜のお好み焼き」もある。 和歌山県御坊市には、「せち焼き」と呼ばれる混ぜ焼きがある。

姫路発祥でスプーンですくってつけ汁にひたして食べるスタイルのどろ焼きという料理がある。

中国地方

岡山県備前地域(特に日生町)では日生風日生焼きなどと呼ばれる独自の焼き方をするお好み焼きが存在し、中でも「カキオコ」と呼ばれる岡山県名産の牡蠣をいれたお好み焼きが名物である。また、牡蠣シーズンではないときに提供される「エビオコ」(カキオコの牡蠣を海老に変えたもの)も有名である。 また、浅口市では手延べ麺バチを大量に生地に混ぜ込んだ、バチのお好み焼きがあり、カキオコに倣って「バチオコ」と呼ばれる。

広島県東部の備後地方南部では、府中市を中心に、挽肉を使用した「府中風お好み焼き」があり、これを「府中焼き」と呼び街おこしご当地グルメとする活動がある[4]。広島のお好み焼きに似ているが、挽肉から出る脂と肉汁が特徴的である。小さな街に多くのお好み焼き店が存在している。

「呉焼き」呉市・呉市近辺に存在する。焼いた後、半分に折り半月型にする店が多い。

四国地方

四国4県ではほぼ関西風お好み焼き、すなわち混ぜ焼きが主流である。 仕事や観光で出向いた広島県で広島風お好み焼きを初めて食べて衝撃を受ける四国民もまだまだ多い。 広島風お好み焼きを知ってはいるものの「どちらかと言うとオムそばのようだ」と言う者や「関西風のように粉生地の部分がほとんどないので、食べている間にキャベツや具が散乱して汚く見えるから」と敢えて食べない四国女性もいるようである。

しかしその一方、広島風お好み焼きはキャベツの比率が高く炭水化物の割合がそばによって調整できるためにヘルシーであることから、女性の選択は広島風お好み焼きに移りつつある。

大抵の店舗は鉄板を備え付けたテーブル席にて客自身が焼く場合が多いのだが(モダン焼きは麺と合わす手間があるので厨房で焼いて完成品を出してくれる)、焼きあがるまでに店がヘラと割り箸と小皿をセットで客に出すことがほとんどなので、ヘラは返しと完成後の分割作業のみに用い、割り箸で食す者が圧倒的に多い。食通よろしくヘラで食べようとすると、「火傷をされては困るから」と割り箸での食事を推奨してくる店も多数ある。店が厨房で焼いて出してくれる店でもヘラではなく割り箸を付けるのが一般的である。

ソースはオタフクソースが主流。マヨネーズは大抵どの店でも付いているが、厨房で作って出す店の場合は関西のようにソースを塗ったあとで生地の上にヘラで塗り広げたりせずにソース→青海苔→削り節と仕上げてから全体や中央にかけられるか、客が自分のテーブル席で焼く店なら好みでかけられるように小さなパック入りの使いきりタイプのマヨネーズが別に付いてくる場合が多い。この場合は大抵ソースや青海苔や削り節もテーブルに備え付けてある店がほとんどである。

愛媛県は瀬戸内海を挟んだ広島県との古くからの交流の影響もあり、広島風お好み焼きを提供する店舗も近年は増加してきている。ただしこれも船舶での往来や、昨今ならばしまなみ海道、香川県と岡山県を結んだ瀬戸大橋等物流経路の関係からか、松山市やその付近のいわゆる中予地方や、香川県に程近い東予地方にわずかに広島風を提供する店がある程度である。長期保存が可能なお土産用の広島風お好み焼きは、JR松山駅や広島県行きの水中翼船(現在の名称はスーパージェット)とフェリーの発着港である松山観光港などで販売されている。

徳島県では、ミカン、甘く煮た金時豆ヨーグルト、エビを入れて丸く揚げた「天麩羅」、フィッシュカツなどの独特の具を用いたものも供されている。

福岡地方

福岡市内では厚さ約2センチで腰の強い生地を特徴とするお好み焼きがある。ソースはコールタール状の粘りの強いものを使用。白いカスタードクリーム状のマヨネーズを大量に使用することも大きな特徴である。お好み焼きの中に黄身を崩した目玉焼きを埋め込まれることも多い、生地は焼く途中で追加され表面はカリカリに焼き上げられる。

大牟田・荒尾地方

福岡県大牟田市熊本県荒尾市では、「ダゴ」と呼ばれるお好み焼きが食されている。九州7県では人口あたりのお好み焼き店の数において大牟田市が1位、荒尾市が2位となっており、中学生などが学校帰りにお好み焼き店に立ち寄る光景がよくみられる。基本的には大阪風であるが、中には広島風やもんじゃ焼を基本とする店もある。

沖縄地方

沖縄県には、「ヒラヤーチー」と呼ばれるお好み焼きより薄い焼き物料理がある。

詳細は「沖縄料理」を参照

露店

祭りなどの露店でも、広島風お好み焼きなどが売られている。地域差があるがさまざまなタイプのお好み焼きが供されており、混ぜ焼き、箸巻き、リング焼き、大阪焼き、厚めに作ったお好み焼きを細長く切って割り箸を刺したものなどのバリエーションがある。

その他

先述の如く、マヨネーズを置く店舗も増加傾向にあるが、基本的には卓上(鉄板のみの店では、鉄板脇)にある調味料は、ソースのみ。しかし、中にはコショウ(ホワイトペッパー)や一味唐辛子七味唐辛子ガーリック粉末を置く店舗もある。

広島風では、キャベツの甘みだけで十分な旨みをまかなうため、関西風と異なり生地にだし汁を混ぜたり、上に削り節を振り掛けることは少なく、卓上にも花がつおはあまり置かれない。削り節や魚粉は、生地をクレープ状に焼く際、生地の上に少量を載せるだけである。紅生姜についても、賛否両論があるが、広島県外の店舗では広島風お好み焼きにも紅生姜が載ってくる場合が多い。

日本国外でのお好み焼き

台湾では「大阪焼」(日式大阪焼)の名称で、四角いお好み焼きが、屋台などで広く売られている。


冷凍食品他

お好み焼きを急速冷凍した冷凍食品が食品メーカーやソースメーカー、有名お好み焼き店により販売されている。関西風、広島風ともにあり、手軽さで人気がある。

また、愛媛県と広島県の主要JR駅(松山駅、広島駅)や両県の船舶の港である松山観光港、広島港(宇品港)では、常温でもある程度まで保存可能なお土産用お好み焼きも販売されていて、観光客やビジネスマンに「買った後冷凍せねばならないと言う心配がなくて良い」と好評である。

脚注

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出典

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  1. ^ 中国新聞(炎の鉄板)おこのミステリー第21回
  2. ^ 中国新聞(炎の鉄板)おこのミステリー第17回

関連項目

外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

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