日本列島

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日本列島(衛星画像)
日本列島(衛星画像)

日本列島(にほんれっとう、にっぽんれっとう)は、ユーラシアプレートの東端に位置し、太平洋西部にある日本海溝に沈む手前の地帯において隆起した弧状列島北海道本州四国九州の主要四島と周囲の島嶼からなる[1]。ただし、小笠原諸島に関しては、日本列島に含めるのは、地理学的に不適切である。古くの中国では仙人が住む島と考えられ蓬莱とも呼ばれた。

古くは、沿海州朝鮮半島などのユーラシア大陸東岸と地続きであった。

目次

成り立ち

現在の日本列島は、主に付加体とよばれる海洋でできた堆積物からなっている。かつて日本付近はアジア大陸の端で、古生代には大陸から運ばれてきた堆積していた(現在の北陸北部、岐阜県飛騨地方、山陰北部など)。そこへ、はるか沖合で海洋プレートの上に堆積した珊瑚放散虫などからなる岩石石灰岩チャート)が移動してきて、それが海溝で潜り込むときに、陸からの堆積物と混合しながらアジア大陸のプレートに押しつけられて加わった(付加)。この付加が断続的に現在まで続いたため、日本列島は日本海側から太平洋側に行くほど新しい岩盤でできている。

このようなメカニズムで大陸側プレートに海洋プレートが潜り込む中で、主にジュラ紀~白亜紀に付加した岩盤を骨格に、元からあった4~5億年前のアジア大陸縁辺の岩盤と、運ばれてきた古いプレートの破片などを巻き込みながら、日本列島の原型が形づくられた。この時点では日本はまだ列島ではなく、現在の南米のアンデス山脈のような状況だったと考えられる。その後、中新世になると今度は日本列島が大陸から引き裂かれる地殻変動が発生し、大陸に低地が出来はじめた。2100万~1100万年前にはさらに断裂は大きくなり、西南日本は長崎県対馬南西部付近を中心に時計回りに40~50度回転し、同時に東北日本は北海道知床半島沖付近を中心に、こちらは反時計回りに40~50度回転したとされる。これにより今の日本列島の関東~北海道は南北に、中部~沖縄は東西に延びる形になった。いわゆる「観音開きモデル説」である。そして、およそ1500万年前には日本海となるおおきな窪みが形成され、海が侵入してきて、現在の日本海の大きさまで拡大した。

こうして、不完全ながらも今日の弧状列島の形をして現れたのは、第三紀鮮新世の初め頃であった。その後も、特に氷河期の時などには海水準が低下するなどして、大陸と陸続きになることがしばしばあった。最後の氷期が終わり、マイナス約60mの宗谷海峡が海水面下に没したのは、更新世の終末から完新世の初頭、すなわち約1万3,000年から1万2,000年前であることから、ほぼこの時期に日本は、完全に大陸から離れて現在の姿と環境を整えた事になる。

気候

およそ200万年前に始まる更新世は氷河時代とも呼ばれ、現在よりも寒冷な時期(氷期)と温暖な時期(間氷期)とが交互に繰り返し訪れた。厳しい気候変化の時代でもあった。それに伴う地形の変化や火山の爆発などで起こる地殻の変動も激しかった。氷河期の最盛期には、気温年平均で摂氏7から8度も低下した。その影響で、南北両極に氷河が発達したのは当然ながら、北半球の高山や広い範囲に氷河が発達し、海水が少なくなって海水面が低下した。その低下量は、現海水面から約140mも下がった。ところが、最終の氷河期を越えると世界的に気候は、温暖化の時期を迎え、厚く堆積していた氷河が溶け始め、海水面は次第に上昇してきた。

  • 地質年代区分の説明
    • 第三紀は、約6,500万年前から約170万年前の間であり、さらに、暁新世、始新世、漸新世、中新世、鮮新世と区分される。鮮新世は、510万年前から170万年前までをさす。
    • 第四紀は、170万年前から現在までであり、更新世・完新世とにわけられ、人類の時代又は人類紀とも呼ばれる。更新世は、氷期として知られ、完新世は、後氷期として知られている。日本では更新世を洪積世、完新世を沖積世とよぶこともある。

人類

4000万年前まで日本海が存在せず、日本列島は大陸の一部であった。約7万年前に北方からは、マンモスヘラジカトナカイヒグマナキウサギキタキツネなど、南方からは、ナウマンゾウオオツノシカカモシカニホンジカツキノワグマニホンザルなどが移り住んでいた。動物たちと同じく、それらを追って大陸の旧石器時代人も、大陸から移り住んできたと推定される。その後、日本列島とそれら動物や人類が大陸より切り離されることになった。

斧形石器による推定

1973年、東京都府中市の武蔵台遺跡と千葉の三里塚55地点遺跡で刃部を研磨した磨製の斧形石器が発掘された。出土層準は約40,000~30,000年前の立川ローム第X層中であり、分布は列島全域に亘る。これら刃部磨製石斧は現時点で世界最古の磨製例であるが、3~4万年前に集中し、その後は草創期まで出現しない。しかしこれら磨製石器の出土によって旧石器時代の人類の生息が示される[2]

化石人骨による推定

火山灰に覆われた日本は、酸性土壌のため、化石が残りにくく、化石人骨の発見も少ない。

かつては愛知県豊橋市で発見された「牛川人」が最も古い(約20万年前の旧人)とされていたが、2001年の再鑑定によって、人骨である可能性がほぼ否定されている(ナウマンゾウなどの獣骨と見られている)。

今世紀初頭にこれまで化石人骨とされてきた標本の再鑑定が実施された後では、本州で最古の人骨は、静岡県浜松市で発掘された浜北人(約1万4,000年前)である。

比較的良好な保存状態で発見された沖縄県八重瀬町港川採石場で発見された港川人は、1万8,000年前の新人である。後期更新世か後期旧石器時代に当たる。眼窩上や眉間の隆起が発達したやや原始的で頑丈な頭と顔、小柄な体格、華奢な上半身比較的頑丈な下半身の特徴を持ち、縄文人に繋がる特徴を備えているという。縄文人はユーラシア大陸から渡ってきた(渡来)と言われている。

動物・植物

日本列島の年表
地質時代年代日本の化石備考
先カンブリア時代46億年前化石 
古生代カンブリア紀5億7500万年前化石 
オルドビス紀5億900万年前化石 
シルル紀4億4600万年前クサリサンゴ
三葉虫
 
デボン紀4億1600万年前化石 
石炭紀3億6700万年前サンゴ 
ペルム紀2億8900万年前化石 
中生代三畳紀2億4700万年前化石 
ジュラ紀2億1200万年前魚竜 
白亜紀1億4300万年前首長竜フタバスズキリュウ
アンモナイト
 
新生代第三紀暁新世6500万年前化石 
始新世5500万年前化石 
漸新世3370万年前化石炭田の形成
中新世2300万年前化石四国海盆の形成
鮮新世500万年前化石日本海の拡大
第四紀更新世180万年前ナウマン象日本海側の
褶曲帯の形成
完新世1万年前化石平野の形成

意識の中の日本列島

現在日本列島は日本国の主要な領土である。

よって日本国民の意識では「日本列島(あるいは単に列島)」とは「日本国」とほぼ同義である。日本国を地理的な立場から見て表現する場合に使用される。 第二次世界大戦前の一時期、広義の日本列島である台湾及び北千島さらには樺太の一部を領有していた時期があるが、南樺太以外(サンフランシスコ講和条約に調印していないために、日本は「所属未定地」としている)は敗戦によって喪失した。

なお、小笠原諸島第二次世界大戦前まで日本が統治していたマリアナ諸島は学術的・地理学的には日本列島の範囲ではない。

脚注

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関連項目

参考文献

  • 藤田和夫 『変動する日本列島』 岩波書店岩波新書〉、1985年、ISBN 4-00-420306-6
  • 平朝彦 『日本列島の誕生』 岩波書店〈岩波新書〉、1990年、ISBN 4-00-430148-3
  • 斎藤靖二 『日本列島の生い立ちを読む』、岩波書店〈シリーズ自然景観の読み方8〉、1992年、ISBN 4-00-007828-3

外部リンク

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