上地雄輔

関連キーワードで検索

関連キーワードで検索


かみじゆうすけ
上地 雄輔
本名上地 雄輔
別名遊助、神児遊助
生年月日1979年4月18日(31歳)
出生地日本の旗 神奈川県横須賀市
血液型O
職業俳優
タレント
歌手
活動期間1999年 -
活動内容ドラマ
バラエティ
家族父:上地克明
(横須賀市議会議員
主な作品
ドラマ
L×I×V×E(1999年)
アストロ球団(2005年)
ハケンの品格(2007年)
セレブと貧乏太郎(2008年)
スクラップ・ティーチャー〜教師再生〜(2008年)
天地人(2009年)

映画
ピーナッツ(2006年)
アンフェア the movie(2007年)
クローズZEROシリーズ(2007年)(2009年)
ドロップ(2009年)

備考
羞恥心」の「
Aladdinのメンバー
遊助(歌手、ソロ活動)

上地 雄輔(かみじ[1] ゆうすけ、Template:Safesubst:4月18日 - )は、日本の俳優タレント歌手シンガーソングライター。歌手グループ「羞恥心」の「心」・アラジンのメンバー。神奈川県横須賀市浦賀出身。身長179.5cm[2]体重70kg。所属事務所ジャパン・ミュージックエンターテインメント。愛称は「ゆうちゃん」「ゆうにい」「」「かみちゃん」など。2009年3月11日遊助名義で自らが作詞した「ひまわり」でソロデビューした。血液型はO型。

目次

来歴

1979年4月18日、神奈川県横須賀市で長男として誕生。6歳から野球を始める。1995年、高校野球の強豪高である横浜高等学校に進学し硬式野球部に所属。捕手を務め松坂大輔らと甲子園出場を目指した[3]

複数の大学から推薦入学の誘いを受けていたが、芸能界のスカウトを受け俳優としての道を志す。1999年TBS系の連続ドラマL×I×V×E』でデビュー。その後は端役で数々のドラマや映画に出演する。

2007年6月、『クイズ!ヘキサゴンII』にスリルな夜 子育ての天才(2007年)で、ゲスト出演した結果、ゲストとして初の最下位で、珍解答を連発。その後レギュラー解答者となった。また、2007年8月には、同時期に出演していたつるの剛士野久保直樹とともに「羞恥心」を結成し、2008年4月に歌手デビューを果たした。

2008年6月4日、自身のオフィシャルブログ『神児遊助』が「世界で最も1日の閲覧ユニークユーザー(重複しない人)数が多いブログ」(1日23万人観覧)としてギネスブックに認定された[4]

2008年10月、『セレブと貧乏太郎』(フジテレビ系)にて上戸彩と共に自身初の主演を務め、同時期放送の『スクラップ・ティーチャー〜教師再生〜』(日本テレビ系)では準主役での出演を果たした。

2009年9月神児遊助としてドラマ『神児遊助のげんきのでる恋』(Bee TV9月1日より配信)の企画・原案に初挑戦する。 同年12月紅白歌合戦にソロで初出場。

2010年7月スタートのドラマ『逃亡弁護士』(フジテレビ、関西テレビ系)で連続ドラマ単独初主演を果たす。

受賞歴

エピソード

  • 俳優仲間の小栗旬高岡蒼甫らと野球チーム「上腕二頭筋」を結成している。
  • EXILEのパフォーマーであるKENCHIとTETSUYAと親交があり、特にKENCHIは幼少期からの親友である。
  • 横浜高校時代は入学当初は先輩に敬語を使う勝手がわからず、ため口で話していた。がなぜか先輩たちからは目をつけられることはなかったそうだ。それはある先輩が「上地のことをあまり怒らないでやってくれ、あいつに悪気はないんだよ。ただ敬語の使い方を知らないだけなんだ。」と上地のことを理解し庇ってくれていたからである。また上地が高校2年のとき、明石家さんまが横浜高校野球部にジュースの差し入れをした[5]際、1人で直接礼を言いにいった上地に対し、さんまが「おまえ面白いから芸能界入れ」と薦めた。この出来事は上地の芸能界入りのちょっとしたきっかけとなったものの、これが直接の動機であったわけではない[6]
  • 小泉孝太郎とは昔なじみで、デビュー前からの友人である。ドラマ『狂った果実2002』で初共演を果たし、2007年秋から小泉がメインMCを務める『孝太郎Wキッチン』ではレギュラーアシスタントとして起用され、後番組の『孝太郎が行く2』でも共演。上地は小泉に対して「男として本当に尊敬している」と公言。小泉は「雄輔には全部ぶつける」と語っている。また、『うたばん』の鑑定コーナーに出演した際に小泉純一郎元総理から直筆サイン入りの食事メニューをもらったことが明らかになった(鑑定価格は15万円)。
  • あっぱれ!!さんま新教授』で「履歴書に書く事を増やす為に資格を取りたい」という事で、番組内で2種類の検定試験に挑戦し、ほら吹き検定(2009年5月24日放送分)とスポーツ吹矢2級認定試験を取っている。
  • 料理好きであるが、得意料理は「カップラーメン」だと言う。[7]

家族

父は横須賀市議会議員の上地克明(無所属・昭和62年初当選・現在6期目)。母は元客室乗務員

野球

1985年(当時6歳)に阪神タイガースが優勝したのを見て感動し、自らも野球をやることを決意した[8]。少年時代の夢はプロ野球選手だった。

1991年(小学生時代)、1994年(中学生時代)と、全日本選抜メンバーとして世界大会に出場。小学生時代はキャプテンとしてチームをまとめ、4番を張る。中学時代は軟式野球クラブチームの横須賀スターズでキャプテンを務める。また、中学三年生の年、所属チームは全国大会出場、関東大会優勝を果たした。横須賀スターズでの練習、試合、自主練習などに専念するべく、中学では理科部に所属した。

中学時代に計38校からスカウトを受け、私立横浜高等学校に進学。当初は、常総の監督である木内幸男の下で野球がしたいと思い、常総学院高校に進学しようと決めていたが、中学3年の夏に丹波慎也の投球を見て「この人の球を受けて見たい」と思い進路を変更した。在学時は硬式野球部に所属し捕手を務め、悲劇のエース・丹波慎也とバッテリーを組んでいた。1年後輩には松坂大輔がおり、松坂が入部すると最初にバッテリーを組んだ。2年生から背番号2を背負ったが、2年夏の甲子園予選の試合中に右肘の神経を断裂したため正捕手の座を1年後輩の小山良男に譲った。(関東大会では、背番号2を背負っている。[9]

2008年1月19日に行われた松坂軍団対茨城ゴールデンゴールズ横浜スタジアム)では松坂チーム・SAMURAIとして途中出場。打撃では最初の打席でツーランホームランを放ち、その後決勝犠飛を放って3打点の活躍をあげた。守備では11年ぶりに松坂とバッテリーを組んだ。試合は松坂軍団が7対5で勝利し、上地はMVPに選ばれた。

クイズ!ヘキサゴンII

初出演は2007年6月27日放送分。同局『スリルな夜子育ての天才』の撮影時にスタッフに普段の面白さを見初められ、番組宣伝もかねての出演であった。この回の予選ペーパーテストで、初出演にして最下位となった(6点)。またクイズ本編では珍解答を連発したり前の問題の答え「フランクフルト」が頭に残り、ヘキサゴンコールの際にフランクフルトの「フランク…」と言いかけてしまい、それが原因でつるのと揉める等、司会の島田紳助から「メジャー級のアホ」と評された。その後すぐに準レギュラーとなり、里田まいつるの剛士木下優樹菜スザンヌ野久保直樹と共に「ヘキサゴンおバカ6人組」と呼ばれるようになり「おバカキャラ」としてバラエティ番組への出演が増えるようになる。

2007年9月頃から出演回の最下位をほぼ独占しており、最下位常連となる。特に2007年の9月5日の放送分では2点という低成績になり最下位となる。またクイズ本編でもなかなか答えられず「行列早抜け!リレークイズ」では優勝チームが決まった後も彼のためだけにクイズを続ける事もしばしあった。里田の記録を抜き最下位総数のトップ(26回)となるが、2008年下半期頃からは自身の点数の向上により以前に比べると圧倒的に最下位になる事が減っていたが、2009年4月からは点数の下降したPaboの3人やmisonoと再び最下位争いをするようになる。2008年7月26日の『FNS27時間テレビ!! みんな笑顔のひょうきん夢列島!!』内でのスペシャル放送分では明石家さんま率いる「パーでんねん軍団」の予選ペーパーテストの成績が悪かった影響で12位と初の中位入りを果たした。そして、2009年1月14日放送分では13位と下位だったが初の20点台を獲得した。そして最高点数は2010年7月14日で26点という高得点を取り、最高順位は同じく2010年7月14日で6位を取った。2009年になってから最下位になったのは1月7日3月18日5月13日だけである。だが崎本大海と共演したときは最下位になることが多いが、辻希美が出演してからは、崎本と共演しても最下位になる事が少なくなった。そして自身の成績向上により最近は中位入りすることも多くなった。最近ではタイトルバックで隣に座ってるメンバー[10]を連れ出して走り出す事がお決まりになっている。

番組内では共演機会の多いつるの、野久保と共に「イケメンおバカ三銃士」の愛称で呼ばれる。その後、2007年8月1日放送分の「アナウンスクイズ」で、上地が羞恥心を「さじしん」と読み、正解を教えられても理解できなかったことから、その日から3人のユニット名は「羞恥心」となった。羞恥心の「心」と呼ばれるようになったのは番組内で羞恥心が誕生した直後紳助が「お前ら三人(つるの、野久保、上地)は羞恥心や」と言い、つるのがスザンヌから「羞」と囃し立てられた事から、上地に向かい「心」と言ったことが始まり。2008年3月5日放送分でデビュー曲「羞恥心」を披露した。

歌手「遊助」

遊助(ゆうすけ)は、上地が歌手として活動する時に使われるアーティスト名。ディスコグラフィーは、下記のCDのソロ「遊助」名義に記載する。

また、遊助のジャケットやグッズに書かれている「遊助」のロゴは、書道家武田双雲が書いている。

2009年

  • 3月11日、ヘキサゴンコンサートで披露した「ひまわり」を遊助名義でCD化。
  • 6月21日、感謝祭を神奈川県横須賀市ソレイユの丘で行う。
  • 9月26日、「遊助ひまわり祭り」と称した2度目の感謝祭が上記と同じ場所で行われた。
  • 6月24日、2ndシングル「たんぽぽ/海賊船/其の拳」を発売。この曲の内、2曲は作曲にも参加している。このシングルでソロとして初となる週間1位(7月6日付のチャート)を獲得。
  • 11月4日、自身が出演しているマルコメの「液みそ」のCMソングになっている、3rdシングル「いちょう」として発売。
  • 11月26日ベストヒット歌謡祭2009にて最優秀新人賞を受賞する。その際には、自身のデビューシングル「ひまわり」を披露。
  • 12月16日、初めてのアルバムとなる「あの・・こんなんできましたケド。」を発売。
  • 12月16日、銀座ソニービルでアルバム発売記念イベントを行う。
  • 12月17日から、1年の感謝を伝えたいという事で「遊助サンタの元気宅配便」という企画で7日間ファンの家や学校に訪問。
  • 12月20日、第42回日本有線大賞にて優秀賞を受賞し、「ひまわり」を披露。
  • 12月24日、「遊助サンタの元気宅急便」のファイナルイベントとして、横浜スタジアムでイベントを行った。その際に、この日のために作った楽曲「黄色いサンタのmy love」(CD化は無し)を披露。
  • 12月31日第60回NHK紅白歌合戦に出場し、「ひまわり」を披露した。

2010年

  • 2月11日から3月5日まで、自身初となる全国ツアー「あの・・こんなんやりますケド。」を開催(Zepp TokyoZepp NagoyaZepp SapporoZepp OsakaZepp Fukuoka)。
  • 3月8日から、『ズームイン!!SUPER』の春のテーマソングとして新曲「今日の花」が使用される(テーマソングになってからもCD発売は未定だったが、5th「ミツバチ」に収録された。)
  • 3月10日、4thシングル「ライオン」を発売。
  • 7月28日、5thシングル「ミツバチ」を発売。
  • 8月11日、DVD&Blu-rayで2010年2月に行われたライブ「あの・・こんなんやりますケド。」(最終日だったZepp Tokyoのライブを収録)が発売。

出演

テレビドラマ

映画

吹き替え

バラエティ

レギュラー

準レギュラー

過去の出演番組

舞台

声優

ミュージックドラマ

PV

CM

スポーツ番組

インターネット

関連商品

CD

シングル

「羞恥心」名義
 リリースタイトル
1st2008年4月9日羞恥心
2nd2008年6月25日泣かないで
3rd2008年12月10日弱虫サンタ
アラジン」名義
リリースタイトル
2008年7月30日陽は、また昇る
ソロ「遊助」名義
 リリースタイトル
1st2009年3月11日ひまわり
2nd2009年6月24日たんぽぽ/海賊船/其の拳
3rd2009年11月4日いちょう
4th2010年3月10日ライオン
5th2010年7月28日ミツバチ

アルバム

ソロ「遊助」名義
 リリースタイトル
1st2009年12月16日あの・・こんなんできましたケド。

ヘキサゴンオールスターズ

リリースタイトル備考
2008年10月22日WE LOVE ♥ ヘキサゴン「ヘキサゴンオールスターズ」名義のコンピレーションアルバム
羞恥心・アラジンの他、エアバンドfeat.雄& のメンバーとして参加
2009年7月15日泣いてもいいですか「ヘキサゴンオールスターズ」として参加
2009年10月21日WE LOVE ♥ ヘキサゴン2009「ヘキサゴンオールスターズ」名義のコンピレーションアルバム
2010年7月14日僕らには翼がある〜大空へ〜「ヘキサゴンオールスターズ」として参加

DVD

著書

脚注

{{#tag:references||group=}}

外部リンク

上地雄輔


関連キーワードで検索

このページへのリンク: