シビル・ハン国

シビル・ハン国
Khanate of Sibir
1490年代 - 1598年
シビル・ハン国の位置
シビル・ハン国の位置
公用語バラバ語
ハンティ語
マンシ語
ネネツ語
セルクプ語
首都チムギ=トゥラ
(1493年まで) 
シビル(1493年以降)
ハーン
1490 - -Taibuga
1563 - 1598Kuchum
変遷
建国1490年代
ロシアによる併合1598

シビル・ハン国15世紀から16世紀末まで西シベリアにあったジョチ・ウルスの系統に属すテュルク系国家。「シベリア」の名は、シビル・ハン国の名に由来する。

1440年代キプチャク・ハン国が分裂して、成立した4つの国のうちの一つ(ほかにカザン・ハン国アストラハン・ハン国クリミア・ハン国)。ジョチの五男・シバンの末裔であるマフムーダク・ハンの息子でテュメン・ハン家の祖、イバク・ハンがトゥラ川河口のチンギ(テュメン、現在のチュメニ付近)を根拠地としたケレイト部族のタイブカ家と婚姻関係を結び、同地に政権を樹立したことにはじまる。西シベリアにイスラームを持ち込んだといわれている。イルティシ川沿いのイスケル(Isker、またはカシリク Kashlik、今日のトボリスクの付近)を首都とし、オビ川イルティシ川とその支流の流域を支配し、黒テンなどの毛皮の取引を営んだ。

16世紀後半には東方への拡大を目指すロシア・ツァーリ国と衝突した。1582年、ツァーリ国の援助を受けたイェルマークに率いられたコサック軍が首都を一時的に占領した。その後も最後の君主クチュム・ハンが抵抗を続け、1585年にイェルマークが戦死するも、ロシアの攻撃は続き、1598年に滅亡した。

チュメニトボリスクなど、今日の西シベリアの多くの都市が、シビル・ハン国の時代に建設された。

外部リンク

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