わかしお銀行

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旧わかしお銀行本店(三井住友銀行千代田営業部)旧館
旧わかしお銀行本店
(三井住友銀行千代田営業部)旧館

わかしお銀行(わかしおぎんこう)は、かつて存在した日本の銀行。現在は実質的には吸収され消滅しているが、法人格は商号変更して三井住友銀行となっている(詳しくは#三井住友銀行との「逆さ合併」を参照)。

目次

設立の背景

1996年、旧さくら銀行(現:三井住友銀行)の子会社として設立され、経営破綻した第二地方銀行太平洋銀行の営業を引き継いだ、いわゆる受け皿銀行である。なお、本店旧館の建物は関東大震災時の震災復興建築として知られている。

預金保険機構より1,170億円もの金銭贈与が行われた上で太平洋銀行から営業譲渡を受けて業務を開始、東京の第二地銀として中小企業金融を中心に営業していた。金融機関コードは第一相銀→太平洋銀行と同じ0524を使用していた。

三井住友銀行との「逆さ合併」

前身銀行も含めれば3度に渡る存亡の危機を何とか乗り切って営業を続けていたが、親会社だった三井住友銀行がバブル崩壊後の不況で、保有する株式等の有価証券の価格が下落して含み損(約8,000億円)を抱えていた。そこで、子会社のわかしお銀行を存続会社とし三井住友銀行を消滅させる合併で、同行が保有していた財産の含み益(約2兆円)を帳簿上現実化させて、有価証券の含み損を一掃し経営の健全化を図ろうとした。

合併の場合、消滅会社の財産については簿価ではなく再評価して存続財産の資産に計上することができる(合併差益)。しかし、有価証券の時価での再評価をすると、銀行の営業に必要な自己資本比率が基準を下回ってしまう恐れがあった。

法人格で見れば、第二地銀が都銀を吸収合併したことになる。また、これにより、戦前の住友財閥以来の伝統誇る旧住友銀行の法人格が消滅することになった。この手法は、三井住友銀行がプライドを捨ててがむしゃらに再建をしようとしているとして、関係者から驚かれた。このように、小さな会社を存続会社とする合併を逆さ合併という。

なお、合併直前に、(旧)三井住友銀行は、保有していたわかしお銀行の全株式を三井住友フィナンシャルグループに譲渡している。このため、合併の時点では、わかしお銀行と(旧)三井住友銀行は、ともに三井住友フィナンシャルグループの完全子会社となり、両行が資本関係上対等な立場になった上でわかしお銀行が(旧)三井住友銀行を吸収合併している。

2003年3月に三井住友銀行との「逆さ合併」の結果、旧わかしお銀行は三井住友銀行コミュニティバンキング本部(千代田営業部及びその系列店)となり、従来同様中小企業と個人ローンに特化した営業展開を行うことになった。しかし、そのコミュニティバンキング本部も2005年4月1日をもって廃止となり、合併によって生じた重複店の統合を進めることになった。

沿革

  • 1996年6月6日 - 同年3月に経営破綻した太平洋銀行の支援をしていたさくら銀行が、受け皿会社として子会社・わかしお銀行を設立。
  • 1996年9月 - 太平洋銀行から営業譲渡され、わかしお銀行が営業開始。
  • 2001年4月1日 - さくら銀行が住友銀行合併したため、三井住友銀行の子会社となる。
  • 2003年3月17日 - 三井住友銀行と合併。わかしお銀行の行名を「三井住友銀行」に変更し、同時に都市銀行となる。

合併直前の会社概要

  • 商号 株式会社わかしお銀行
  • 本社所在地 東京都千代田区神田神保町1丁目21番地1
  • 設立 1996年6月
  • 事業内容 銀行業
  • 代表者 代表取締役頭取 市川博康
  • 資本金 208億円
  • 株主 株式会社三井住友フィナンシャルグループ(100%)

その他

この逆さ合併に類似したケースに、旧弘前相互銀行が普通銀行への転換のために、自らより規模の小さい(第一)地方銀行の青和銀行を存続行として合併したみちのく銀行がある。そのため、消滅行となった弘前相互銀行が地方銀行に転換したわけではないが、経営権は完全に旧弘前相互側が握っており、合併後の歴代頭取は現在に至るまですべて旧弘前相互出身者で占められている。

相互銀行から地銀協加盟行に転換したケースは、後の西日本相互銀行(当時の高千穂相互銀行を合併の上、西日本銀行へ普銀転換。その後福岡シティ銀行を合併し、現在は西日本シティ銀行)のケースのみである。

類似例として、山形庶民信用組合2009年2月16日に合併した山形信用金庫のケースがある(本店・理事長・コーポレートロゴ・コーポレートカラーは消滅側の旧庶民信組を継承。システムや業態、法人格は山形しんきんを継承)。

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