小千谷市
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目次 |
概要
新潟県のほぼ中央、越後平野の南端にあり、中越地方に属している。魚沼地域の中では最も早く市制施行し、国や県の出先機関が置かれるなど行政の中心として発展してきた。現在、都市圏としては長岡都市圏に属しており、長岡市のベッドタウンの機能を有している。
信濃川の河岸段丘上(特に旭橋を中心とした信濃川両対岸)に中心市街地が発達してきた他、合併した片貝地域や、岩沢・真人など周縁部においても小規模な市街地を形成している。 ただし、1990年代に入ってからは店舗の郊外化が顕著となり、2000年代以降は信濃川を挟んで西地域の郊外が中心市街地として機能しつつある。
花火王国として有名であり、片貝地区で行われる花火大会は世界一の大きさを誇る四尺玉の花火が上がることで有名である。
地理
新潟県中部に位置する。
南から信濃川が市内に入り、山本山を避けるように蛇行し、一度南東の川口町へぬけ、魚野川と合流し、再び市内に入り、中心部を南北へ縦断する。主に東西南を山地に囲まれ、北は越後平野へ続く平地となっている。市街地の平地部のほぼ真ん中に船岡山がある。市街地北部の山谷地区や小粟田地区は市街地部より少し高い丘陵になっている。主に、市街地の周りの平地や北部の丘陵などは広い田園地帯となっている。また、市内は河岸段丘にあるため、坂が多い。市内の最高峰は、長岡市との境にある金倉山で581m。
三国街道(現国道17号)や善光寺街道(現国道117号)、高田街道などが通り、宿場町として栄えた。戦国時代には上杉謙信が関東出兵の際に信濃川を渡るのに使ったり、江戸時代には小千谷縮を京、大坂、江戸などに輸送した。
隣接している自治体
気象
豪雪地帯で、記録的な豪雪を何度も経験している。市は克雪都市宣言をしている。消雪パイプも設置されているが、設置されていない道路もあり、雪の日は除雪車が活躍している。
歴史
- 旧石器時代~弥生時代
- 先土器時代、小粟田の館清水に人が住んでいたとみられ、縄文時代には三仏生遺跡地区や大平遺跡地区に人が住んでいたとみられる。弥生時代になると、人々は稲作がしやすい地に移住し、小千谷にはあまりいなかったとみられる。
- 古代
- 続日本紀には西暦702年頃に魚沼郡の存在を記している。
- 市内一部は南魚沼市の一部、魚沼市、川口町を含む薮神荘という荘園であった。
- 935年に「千谷郷」の名が出てき、1073年には「小千屋」(『越後村名尽』)、1089年には「於知谷」(『越後国之図』)の名が見られる。
- 中世
- 戦国時代、上杉氏の所領となり、市内各城に上杉氏(長尾氏)家臣が居城していた。薭生城に平子氏、時水城に曽根氏、内ヶ巻城に田中氏、高梨城に長尾氏・高梨氏,片貝城に片貝氏などが居城していた。
- 1551年には、薭生城の平子氏が上杉氏の命で時水城の曽根氏を攻め滅ぼした。
- 1553年、上杉謙信が朝廷にこの辺りで生産されている越後上布を献上した。
- 1560年、魚沼地区が大洪水にあう。
- 1578年、御館の乱が起こり、平子氏は景虎方につき、薭生城は景勝方に攻め滅ぼされる。
- このころ青苧などは、南魚沼地区や中魚沼地区から魚野川や信濃川で小千谷に下り、陸路で柏崎の港に運ばれていたとみられる。
- 1594年、上杉景勝が会津へ移封し、上杉遺民一揆が起こる。小千谷では、五智院の僧が薭生城に立てこもる。
- 近世
- 1611年、三国街道開通。
- 1620年、信濃川が氾濫し大洪水になる。
- 1638年、街が元町から現在の段丘上(本町)に移転する。
- 1643年、魚沼郡が8組に分けられ、小千谷組ができる。
- 1652年、吉谷村と四ツ子村の間で山論(入会地の争い)がおこる。
- 1668年、魚沼郡が飢饉に襲われる。
- 17世紀、堀次郎将俊が越後麻布から小千谷縮に改良し、小千谷縮の生産が始まる。
- 1680年、信濃川が氾濫し大洪水になる。(白ひげ水)
- 1681年、当市域の多くは幕府直轄領(天領)になった。
- 17世紀後期、江戸へ小千谷縮が売り出され、元禄には京、大阪にも売り出される。
- 1703年、高梨で宗門攻め
- 1730年、小千谷で蚕もみ制度がつくられる。
- 1731年、信濃川が氾濫し大洪水
- 1741年、岩沢と田麦山(川口町)の山論
- 1755年、小千谷に代官所を設置
- 1753年、信濃川が氾濫し大洪水。約1000名が死亡したといわれる。
- 1763年、会津藩が預り地として管理した。同藩は小千谷陣屋を置き、魚沼郡内の藩領と合わせて支配した。
- 1771年、真人の水論
- 1781年、信濃川が氾濫し大洪水
- 1832年、天候不順と水害により大飢饉。(~1839年)
- 1847年、信濃国で地震があり、信濃川が大洪水
- 1861年、小千谷の米屋に対し打ち壊し
- 1868年、戊辰戦争(北越戦争)では、小千谷も戦場となった。
- 1868年の戊辰戦争に際して、徳川慶喜が大政奉還を行った後も新政府に帰順しなかった長岡藩の家老である河井継之助と新政府軍の岩村精一郎との会談が慈眼寺で行われた(小千谷談判)。
- 1868年7月2日(慶応4年5月13日)、朝日山の戦い
- 明治時代
- 1868年に日本で最初の公立小学校である「小千谷校」が開校する。ちなみに京都の番組小学校が設立されたのは1869年で小千谷校開校の翌年であるので、番組小学校が日本最初の小学校とする学説は間違いである。1967年10月には当時の文部省教科書調査官目崎徳衛氏が「小千谷小学校が公立学校として日本一古い歴史を持つ学校であることは、諸調査より厳然たる事実である。」と述べている。[要出典]
- 1868年、小千谷民政局設置
- 1870年、小千谷県をつくろうとする動きがあったというが実現しなかった。
- 1872年、東小千谷に郵便取扱所ができる。
- 1873年、長岡警察署小千谷分署ができる。
- 1887年、旭橋開通。
- 1887年、越後札紙の生産がはじまった。
- 1889年、市町村制がしかれ、小千谷町となる。
- 1889年、小千谷収税署ができる。
- 1891年、小千谷病院ができる。
- 1902年、時水で油田が発見された。石油は品質がいいものだった。しかし、1906年頃には石油が湧かなくなる。
- 1904年、塩殿発電所が完成し、小千谷に電灯が灯る。
- 1908年、魚沼橋開通。
- 1911年9月14日、魚沼鉄道(後の国鉄魚沼線新来迎寺(後の来迎寺駅)~小千谷(後の西小千谷駅)間開通。
- 大正時代
- 1920年11月1日、国鉄上越北線(現上越線)宮内~東小千谷開通。
- 1921年8月5日、上越北線東小千谷~越後川口開通。
- 1922年6月15日、国鉄が魚沼鉄道を買収・国有化し魚沼軽便線と改称。
- 1922年9月2日、軽便鉄道法廃止により国鉄魚沼軽便線を魚沼線に線名改称。
- 1922年、信濃川発電所の工事開始。(間もなく延期となる。)
- 昭和時代
- 1927年、飯山線がが越後川口駅~十日町駅間開通。
- 1929年、薭生が小千谷町と合併。
- 1931年9月1日、上越線全通。
- 1932年7月15日、魚沼線小千谷駅を西小千谷駅名改称。(東小千谷駅が改称されるまでの約2週間は「小千谷」駅は存在しなかった。)
- 1932年8月1日、上越線東小千谷駅を小千谷駅に改称。
- 1932年、小粟田原に中越飛行場がつくられる。
- 1934年、明治神宮スキー大会が山本山で行われる。
- 1937年、魚沼病院ができる。
- 1942年、山辺村が小千谷町に編入合併。
- 1942年、北魚沼郡地方事務所が小千谷に置かれる。
- 1943年、吉谷村が小千谷町に編入合併。
- 1947年、小千谷簡易裁判所が置かれた。
- 1948年、信濃川発電所の本格工事が開始される。
- 1950年、新潟県立小千谷高等学校開校。
- 1950年、国立小千谷療養所ができる。
- 1951年、信濃川発電所が発電開始。
- 1954年3月10日、北魚沼郡小千谷町、城川村、千田村が合併し、市制施行。
- 1954年5月1日、北魚沼郡川井村を合併。
- 1954年8月1日、国鉄魚沼線(西小千谷駅~来迎寺駅)開通。
- 1954年11月1日、古志郡東山村(木沢、峠を除く)、六日市村の横渡、浦柄を合併。
- 1955年1月1日、中魚沼郡岩沢村、真人村を合併。
- 1955年4月1日、鴻巣町を三島郡片貝町(当時)へ分割。
- 1955年、小千谷縮が国の重要無形文化財に指定される。
- 1955年、三仏生遺跡で縄文土器が発掘される。
- 1956年3月31日、三島郡片貝町を合併。
- 1956年、大平遺跡で縄文時代の住居が発掘される。
- 1969年、小千谷市役所の新庁舎完成。
- 1971年、大平遺跡で縄文時代の炉が発掘される。
- 1973年、小千谷市川口町衛生組合時水清掃工場ができる。
- 1973年、市民会館ができる。
- 1978年、牛の角突きが国の重要無形文化財に指定される。
- 1978年、市立図書館開館。
- 1985年9月10日、片貝まつりで正四尺玉の打ち上げ成功。
- 1982年3月30日、関越自動車道越後川口~長岡間開通。
- 1984年3月31日、国鉄魚沼線廃止。
- 平成時代
- 1990年、小千谷地域広域事務組合時水清掃工場完成。
- 1996年、小千谷市総合体育館完成
- 1996年、地域間交流センターちぢみの里完成。
- 1998年11月24日、小千谷バイパスが全通
- 2001年11月30日、一般国道117号西小千谷バイパス全通。
- 2002年、片貝バイパス完成
- 2004年7月、水害で市内に甚大な被害。
- 2004年10月23日、直下で震度6強の地震が発生(新潟県中越地震)。
- 2007年4月1日、おぢやクラインガルテンふれあいの里開園。
- 2009年8月1日、小千谷市民学習センター「楽集館」開館。
- 2009年9月30日、小千谷縮が越後上布と共に世界無形遺産に登録。
人口
| 小千谷市と全国の年齢別人口分布 | 小千谷市の年齢・男女別人口分布 |
■紫色 ― 小千谷市 ■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |
行政
- 市役所
- 小千谷市役所
- 支所・連絡所
- 片貝支所
- 東山連絡所
- 岩沢連絡所
- 真人連絡所
- 川井連絡所
歴代の市長
| 暦順 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 |
|---|---|---|---|
| 初代 | 位下松五郎 | 1954年3月10日 | 1955年4月12日 |
| 2代 | 位下松五郎 | 1955年5月1日 | 1959年4月20日 |
| 3代 | 佐藤武 | 1959年5月1日 | 1963年4月29日 |
| 4代 | 佐藤武 | 1963年4月30日 | 1967年4月29日 |
| 5代 | 佐藤武 | 1967年4月30日 | 1971年4月29日 |
| 6代 | 佐藤武 | 1971年4月30日 | 1975年4月29日 |
| 7代 | 星野行男 | 1975年4月30日 | 1979年4月29日 |
| 8代 | 星野行男 | 1979年4月30日 | 1983年4月29日 |
| 9代 | 星野行男 | 1983年4月30日 | 1987年4月29日 |
| 10代 | 星野行男 | 1987年4月30日 | 1989年5月31日 |
| 11代 | 小出弘 | 1989年7月10日 | 1993年7月8日 |
| 12代 | 小出弘 | 1993年7月9日 | 1997年7月8日 |
| 13代 | 広井庄一 | 1997年7月9日 | 1998年10月28日 |
| 14代 | 関広一 | 1998年11月30日 | 2002年11月28日 |
| 15代 | 関広一 | 2002年11月29日 | 2006年11月28日 |
| 16代 | 谷井靖夫 | 2006年11月29日 | 現在に至る |
現職市長 谷井靖夫
行政機構
- 市長
- 副市長
- 総務課
- 企画財政課
- 税務課
- 市民生活課
- 社会福祉課(社会福祉事務所)
- 保健福祉課
- 健康センター
- 農林課(農業委員会事務局)
- 商工観光課
- 建設課
- ガス水道局
- 下水道課
- 消防課
- 会計課
- 副市長
- 教育委員会
- 教育長
- 学校教育課
- 社会教育課
- 図書館
- 社会体育課
- 教育長
- 市議会
- 事務局
都市宣言
- 非核平和都市宣言 (平成4年6月23日議決)
- 健康づくり都市宣言(昭和54年8月17日議決)
- 克雪都市宣言 (昭和54年8月17日議決)
経済
産業
- 工業 三洋半導体製造株式会社(本社/新潟工場):三洋電機グループの半導体製造拠点
越後製菓の工場所在地⇒米菓だけでなく餅や製麺工場もある。(創業者の出身地のため。本社は北隣の長岡市に。)
- 清酒 新潟銘醸(長者盛、越の寒中梅)・高の井酒造(たかの井、越の初梅)の本社・工場所在地
- 醸造 山崎醸造
- へぎそば つなぎに布海苔(ふのり。海藻)を使用した蕎麦。南隣の十日町市とともに商標登録を取得。
- 鉱業 天然ガスの産出量が日本一であり、片貝地区を中心とした地域には、日本屈指の埋蔵量を誇る片貝ガス田がある。
このおかげ市内の多くの地域に都市ガスが引かれ、その供給事業を小千谷市ガス水道局が行っている。
金融機関
(小千谷市に本店(※印)、支店を置くもの。証券会社、保険会社等を除く。)
姉妹都市・提携都市
地域
教育
- 高等学校
- 中学校
- 小学校
子育て
保育園
- 片貝保育園
- 高梨保育園
- 北保育園
- 西保育園
- わかば保育園
- 南保育園
- 東保育園
- さくら保育園
- 吉谷保育園
- 岩沢保育園
- 真人保育園
- 東山保育園
幼稚園
- 小千谷幼稚園
- つくし幼稚園
- ひばり幼稚園
その他施設
- わんパーク
医療
病院
- 小千谷病院
- 魚沼病院
- 小千谷さくら病院
社会体育
スポーツ施設
文化施設
衛生施設
- 時水清掃工場
- クリーンスポット大原
交通
鉄道路線
- 新幹線
市域はJR上越新幹線の沿線だが、市内に駅はない。市域はほとんどの区間が魚沼トンネル、妙見トンネルで通過しており、浦柄地区に数百メートルだけ地上区間があるがスノーシェルターで覆われているため新幹線の車窓から小千谷市の風景は見えない。新幹線を利用する場合は越後湯沢駅、浦佐駅、長岡駅のいずれかで乗り換える。
- 在来線
市域はJR上越線の沿線となっている。また南西部はJR飯山線の沿線となっており、市内には計3つの駅がある。
- 廃線
信越本線は、当初、小千谷を経由する計画だったという。飯山線も、西小千谷駅で魚沼線と接続する計画があったという。
路線バス
- 市内路線
小千谷車庫~五辺線、小千谷車庫~ジャスコ線(平成21年3月31日限りで廃止)は越後交通、サンラック線等は越後柏崎観光バスが運行している。
- 郊外路線
小千谷車庫、小千谷駅前、小千谷インター、上の山等を起点に、長岡、十日町、小出、小国方面に運行している。以前は山古志方面にも運行していたが、利用者減により廃止となっている。 長岡方面は主に朝、夜は約10分から30分間隔、昼間は約30分~60分間隔で運行している。 長岡方面、十日町方面(一部)は越後交通、小出方面は南越後観光バス、それ以外の路線は越後柏崎観光バスが運行している。
- (急行)長岡~小千谷~十日町線
- 小千谷~川西~十日町線
- (急行)長岡~片貝~小千谷線
- 小千谷~小国線
- 長岡駅~小千谷インター線
- 小千谷~岩沢~十日町線
- 小千谷~吉谷~若栃線
- 小千谷~川口~小出線
- 小千谷~岩間木~塩谷線
- 小千谷~川井~南中学校線
- 高速バス
道路
- 一般国道
- 国道17号(小千谷バイパス)
- 国道117号(西小千谷バイパス・千谷バイパス(未開通))
- 国道291号
- 国道351号(旭町バイパス)
- 国道403号
- 主要地方道
- 新潟県道10号長岡片貝小千谷線(片貝バイパス)
- 新潟県道23号柏崎高浜堀之内線
- 新潟県道49号小千谷十日町津南線
- 新潟県道56号小千谷大沢線
- 新潟県道58号小千谷大和線
- 新潟県道71号小千谷川口大和線
- 新潟県道83号川口塩殿線
- 一般県道
- 新潟県道196号川口岩沢線
- 新潟県道209号山ノ相川内ヶ巻停車場線
- 新潟県道211号三仏生片貝線
- 新潟県道339号小栗山川口線
- 新潟県道341号大沢小国小千谷線
- 新潟県道357号千谷沢小千谷線
- 新潟県道411号山谷片貝線
- 新潟県道413号大崩岩山線
- 新潟県道506号岩沢中条線
- 新潟県道517号池ヶ原塩殿線
- 新潟県道519号南荷頃薭生線
- 新潟県道547号坪野三仏生線
- 新潟県道548号木津大原線
- 新潟県道551号虫亀南荷頃線
- 新潟県道589号小千谷長岡線
- 信濃川に架かる橋
- 魚沼橋
- 川井大橋
- (川口町)
- 山本山大橋
- 旭橋
- 小千谷大橋
- 越の大橋 (対岸は長岡市)
- バイパス道路
- 小千谷バイパス
- 西小千谷バイパス
- 旭町バイパス
- 千谷バイパス (未開通)
- 片貝バイパス
道の駅
タクシー
- タクシーセンター小千谷
- 中央タクシー
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
名所・旧跡・観光スポット
神社・仏閣
史跡
観光施設・レジャー施設
- 錦鯉の里
- 小千谷市総合産業会館サンプラザ
- おぢやクラインガルテンふれあいの里
- 西脇順三郎記念室
- 小千谷市地域間交流センターちぢみの里
- 小千谷市民プール
自然
祭事・催事・習俗
祭り
習俗
小千谷市指定文化財一覧も参照。
その他
名産品
著名な出身者
- 井佐英徳(陸上自衛隊冬季戦技教育隊隊員、バイアスロン選手)
- 石黒忠悳(明治時代の医学博士・軍医、貴族院議員・子爵。)
- 小林麻耶(元TBSアナウンサー、現在フリー)
- 小林麻央(麻耶の実妹でタレント)
- 西脇順三郎(英文学者、名誉市民)
- 渡辺徹(広島ホームテレビアナウンサー)
- 内山敏夫(元テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」キャスター)
- 大渕絹子(元参議院議員)
- 星野行男(弁護士、元小千谷市長、元衆議院議員)
- 金子 鋭(日本プロフェッショナル野球組織の第6代コミッショナー/元富士銀行相談役、名誉市民)
- 西脇済三郎(元太陽生命社長、名誉市民)
- 佐藤弥太郎(元京都大学名誉教授、名誉市民)
- 久保田三知男(ノルディックスキー・コンバインド選手、オリンピック2回連続出場)
- 広井法代(スキー選手、オリンピック3回連続出場)
- 絓秀実(文芸評論家)
- 山本容子 (歌手) (歌手・rain bookのボーカル)
- 新保光栄(VITA ひまわりグループ代表)
市町村合併
新潟県の地域割り[要出典]や長岡地域地方拠点都市の指定を受けるなどで旧長岡市との関係はできつつあったなかで、2003年に長岡市との合併案が浮上したが、時期尚早との意見が多く[要出典]、自立する方針がとられた。(もっとも、実際には合併の賛否を問う住民投票は行われておらず、意見の大半は市行政や商工会のそれを反映しただけである。)
しかし、長岡市の旧越路町・旧小国町と隣接し、密接な関係を維持している片貝地区や、同じく旧山古志村と隣接する東山地区などでは合併希望がある[要出典]。長岡市の旧山古志村は、長岡市への合併前は消防や救急車の出動や人的派遣も小千谷地域消防署からであった。また、旧越路町の一部や旧小国町は小千谷インターを最寄とするなど、小千谷市と長岡市との結びつきは強い。
さらに小千谷市と隣接している川口町では、市町村合併に関する住民意向調査において、たとえ飛び地になったとしても長岡市への合併を望む声が半数を超え、長岡市への合併構想が推進されている。
2010年3月31日、長岡市と川口町が合併することが決まった。
電話局番
- 市内全域の市外局番は隣接する長岡市や北魚沼郡川口町と同様に<0258>であるが、市内局番は地域により異なる。
関連項目
外部リンク
| 画像:Flag of Niigata prefecture.png | |
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