徳川實枝子

徳川實枝子(とくがわ みえこ、1891年(明治24年)2月14日-1933年(昭和8年)4月25日)は、明治期の日本の皇族華族。皇族時代の名称は實枝子女王

有栖川宮威仁親王同妃慰子との間に生まれた第2女子であり、栽仁王は兄にあたる。

父・威仁親王や母・慰子より有栖川流書道の指南を受け、非常に能書の人物であった。両親の死後は有栖川流の継承者は實枝子ただ一人になってしまったため、これを絶やさぬようにのちに高松宮宣仁親王妃となる喜久子に伝授した。

1908年11月8日に、公爵徳川慶喜の嫡男・慶久に降嫁し、喜久子や慶光らを生む。

1933年、結腸癌を患い、42歳で他界した。

徳川實枝子


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