田村淳

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田村淳
本名同じ
生年月日1973年12月4日(36歳)
出身地山口県下関市彦島
血液型O型
身長167cm
方言共通語
最終学歴山口県立下関中央工業高等学校
出身銀座七丁目劇場オーディション
コンビ名ロンドンブーツ1号2号
相方田村亮
芸風コント(ボケ)など
事務所吉本興業
活動時期1993年 - 現在
同期アンジャッシュ など
現在の代表番組ロンブー淳の惚れさせシェフ
Shibuya Deep A
田村淳のNewsCLUB
過去の代表番組芸能界かがく部
田村淳のオールナイトニッポン
他の活動ミュージシャンjealkb
配偶者未婚
 Template‐ノート:Infobox お笑い芸人 

田村 淳(たむら あつし、1973年12月4日 - )は、日本のお笑いタレントロンドンブーツ1号2号ボケ担当。相方・田村亮とは同じ姓だが、血縁関係は無い。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。

目次

プロフィール

来歴

幼少期から目立つことが好きで、幼稚園の学芸会では駄々をこねて主役を譲ってもらったり、中学校のバスケ大会で入場時のプラカード持ちをキャプテンから代わってもらったりしていた。中学・高校時代は当時の人気ラジオ番組『PAO〜N ぼくらラジオ異星人』(KBC)の常連リスナーだった。また、裏番組であった『HiHiHi』(RKBラジオ)のリスナーでもあった。高校時代はクラスメイトと「馬関(うまのせき)ふぐの助・ふぐ太郎」と言う漫才コンビを組んでいた。また、並行してJUN SKY WALKER(S)のコピーバンドを結成したり、「ジャスティス」というバンドを組んで音楽活動もおこなっていた。

高校卒業後に就職する予定だった会社が倒産したため、お笑い芸人を目指し上京。しかし、ネタ合わせの途中で相方が突然失踪してしまう。仕事も無く、東京に頼る人もいない状況で、1人で家に引きこもる日々が長く続いた。約1年後、10歳年上の男性とコンビを組むが、年齢差を理由に淳の方からコンビ解消を申し出る。その際に紹介されたのが、現在の相方・田村亮である。

1998年頃に『暴ロンブー』の企画で霊能力者に「髪を赤くするべき」とのお告げを受け、髪を赤く染めた。丁度ブレイク時期と重なり、吉本興業が赤髪の淳のキャラクターグッズを大量に生産した。そのため、本人が髪の色を元に戻したいと希望しても会社から許可が下りず、2002年頃まで赤い頭髪だったが、現在は黒髪である。

テレビアニメアイシールド21』の蛭魔妖一(ヒル魔)役で声優出演。オファーのきっかけは芸人仲間からの「キャラクターと本人の性格や容姿が似ている」という推薦によるものであった。

2006年5月31日、プライベートで活動をしているヴィジュアル系ロックバンドjealkbのボーカルとして、『metronome』でインディーズデビューを果たし、インディーズチャート1位を獲得。2007年4月には台湾でライブを行い、2007年10月31日に「誓い」でメジャーデビューを果たした。

2009年に野菜ソムリエの資格を取得、テレビ番組では同年11月24日にフジテレビカスペ!芸能人こだわり王講座 イケタク」で初めて発表した[1]

近年は『読売新聞』にコラムを掲載したり、ラジオ番組『ロンドンブーツ1号2号 田村淳のNewsCLUB』を立ち上げるなど社会派番組に積極的に取り組んでいる。2009年12月12日の同ラジオで地元の山口・下関市議選への出馬を考えていることを示唆した。国政進出も視野に入れており、将来は総理大臣になりたいと公言している[2]

人物

本来はボケ担当だが、相方の亮が天然ボケであるためツッコミ・仕切り役に回ることが多い。近年ではボケのイメージはほとんどなくなっており、『史上空前!! 笑いの祭典 ザ・ドリームマッチ』では2007年度放送分から正式にツッコミ役に回されている。レギュラー番組では、仕掛人として数々のタレントにドッキリや罠を仕掛けることが多い。しかし、逆に自身がドッキリを仕掛けられたり弄られたりすることは極度に苦手である。

熱心な城郭マニアで、写真を見ただけでどこの城か当てる事ができる。また、戦国マニアであり、好きな武将は伊達政宗、好きな戦国女性は濃姫である。日本刀の収集も趣味で、プライベートで一人の時は真剣の手入れをしながら真剣に精神集中をするという。2006年、かねてから念願だったNHK大河ドラマ『功名が辻』に中村一氏役で出演した。

小学校・中学校・高校時代はバスケット部に所属していたが、2006年7月4日放送の『ロンドンハーツ』において鈍足を披露してしまう。体力が無いため、スタミナが必要とされる筋力系の仕事は亮に任せることが多い。英語が大の苦手で、高校時代に英検4級の受験に失敗している。極度の高所恐怖症。1999年12月23日放送の『ロンブー龍』の企画で、生放送中にスカイダイビングをさせられた際には、地上に到着する前から涙を流し、到着後は「やったよー」「怖かったー」などと人目を憚らず大号泣した。お化けや幽霊の類も大の苦手。2007年8月21日放送の『ロンドンハーツ』の「肝試し企画」では、最高心拍数166を記録した。ペアだった青木さやかの最高心拍数は132。

芸人になりたての頃、原宿でパスタ屋のバイトをしていたこともあり、パスタを得意料理としている。また、淳自身もパスタ好きであるため、自分で新しいパスタやカルボナーラのメニューを考え出すこともあり、かつてのレギュラー番組『嗚呼!花の料理人』でその腕を披露した。

実家が平屋。淳曰く「お父さんが一生懸命働いて建てた家」とのこと。ダウンタウン浜田雅功の番組『オオカミ少年』で、淳が母親と頻繁にメールしていることをばらされた。「台風大丈夫だった?寒くなったから風邪ひかないよう気をつけてね。親父にもよろしく言っといて」という文面のメール、しかも絵文字入り。勝手にケータイを見られあせりまくり、「どうやってダイアルロック解除した」と叫び、「俺そんなキャラじゃない」と恥ずかしがっていた。浜田には「お前いい奴やん、キャラ違うやん、ええ子やん」といじられていた。

出演番組が日本PTA全国協議会の「子供に見せたくない番組」の調査で毎年上位にランクインされるが、田村は自身のラジオ番組で日本PTA全国協議会の専務理事と1時間議論を交わし、「PTAの言い分はわかったけど、番組のスタイルを変えるつもりはない」と語り、年に1回開催のPTA全国大会の会議への出席も「是非、僕らの姿勢をお話したい」と乗り気の様子であった。出演番組が「子供に見せたくない番組」に選ばれたり、女性関係の派手さからあまりよいイメージをもたれていない面があるが、番組での司会や仕切りには定評がある。また自身の番組に同期や苦楽をともにした仲間を出演させるなど、面倒見がよい一面もある。加藤浩次は「テレビ番組で見るとチャラチャラしているように見られるけど、実際はスタッフにも演者の先輩後輩にもちゃんとしている」と語っている[3]

プライベートで特に仲のいい芸人はじゃぴょんの桑折貴之、ペナルティワッキー品川庄司庄司智春インパルス板倉俊之ニブンノゴ!の森本英樹などである。また山下真司とは同郷出身で交友関係にある。ガレッジセールゴリはロンブーが司会の『ロンブー荘』に本名「照屋年之」で出演していたが、番組内で淳にゴリと名付けられ、そのまま芸名にしたという経緯がある。そのため、淳は事実上「ゴリ」の名付け親である。ドSであり、プライベートで後輩芸人に無茶な要求をしているとテレビで暴露された事がある。

大阪NSC11期生よりデビューが3ヶ月程遅い為、基本的に11期生を「さん」付けで呼ぶ。本来は1年後輩だが、ペナルティの事を同期と言う事もある。ペナルティのヒデは年齢がヒデの方が2歳上の為、『ヒデさん』又はサッカーのことばかり言う為、『サッカーバカ蔵』と言う。ワッキーについては、年齢はワッキーの方が1歳上だが、『ワッキー』と呼び捨てにする。

うたばん』に初出演した際、「とんねるずのようになりたかった」と語り、『オールナイトニッポン』の最終回のテープを今でも車につんでいる等、とんねるずのファンだったエピソードを語った。

崖の上のポニョ』、『千と千尋の神隠し』などのスタジオジブリ作品のデジタル撮影担当者に同姓同名の人物いることを『笑っていいとも!増刊号』(2009年11月8日放送回)で明かしている。

女性関係などを写真週刊誌などで頻繁に取り上げられることが多い。『しゃべくり007』出演時に受けた「一夜限りの恋は何回?」との質問に「(品物の値段で表すと)カップラーメン4個分くらい」と明かしている[4]。事務所の先輩であるナインティナイン岡村隆史は淳を「平成の火野正平」と評したことがある[5]。過去にマンスリーよしもとのランキングで「恋人になりたくない芸人第1位」「友達になりたくない芸人第1位」に選ばれたことがある。

2010年2月1日のSMAP×SMAPビストロスマップで木村・草なぎペアの黒コショウの入ったパスタを食したところ、大量の汗を流していた。 本人曰く、黒コショウを食すと汗がでてくるとのことで、普段はなるべく食さないように配慮しているとのこと。 番組中、中居に汗を拭うように促されていた。

単独での出演作品

テレビ

テレビドラマ

バラエティ

アニメ

ゲーム

ラジオ

映画

CM

コンビでの活動はロンドンブーツ1号2号#出演番組を参照。

お笑い以外での主な活動

  • 学生時代バンド活動の経験もある為、音楽活動が多い。
  • 2000年 - 日テレ系『新宿暴走救急隊』でドラマ初主演、同ドラマ主題歌『岬』でCDデビュー。
  • 2000年 - 『ロンドンブーツ1号2号の論文』を相方の田村亮と出版。
  • 2001年 - 日本テレビ系ドラマ『明日があるさ』出演、Re:Japanの一員として主題歌『明日があるさ』を発売。
  • 2002年10月 - テレビ番組『ロンブー龍』から、ソロでCDマキシシングル『もずくん』(「たむらあつし」名義)を発売。JF沖縄漁連のキャンペーンソングに起用された。
  • 2005年4月 - テレビアニメ『アイシールド21』の蛭魔 妖一役で声優としてレギュラー出演。
  • 2005年 - インディーズで後輩芸人らとヴィジュアル系バンドjealkbを結成。
  • 2006年 - NHK大河ドラマ功名が辻』に出演。大河ドラマ出演は子供時代からの念願であった。
  • 2007年 - ヴィジュアル系バンドjealkbメジャーデビュー。
  • 2009年 - 角川マーケティング発行『週刊ザ・テレビジョン』に『ロンブー淳のモテレシピ』の掲載を開始(毎週更新)。

親しい人物

脚注

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