ワールドプロレスリング

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ワールドプロレスリング』(World Pro Wrestling)とは1969年から、NETテレビ(日本教育テレビ)⇒テレビ朝日及び系列局で放送されているプロレス中継番組である。略称はワープロもしくはWPW生中継の時期もあったが、現在は録画中継番組。2007年10月からハイビジョン制作番組となっている。

目次

日本プロレス中継時代

日本プロレスの中継番組として、1969年7月2日に放送開始。開始当初の時間は毎週水曜日21:00 - 21:56であった。

中継開始当初の取り決め

  • 日本プロレス時代のNETテレビ(現・テレビ朝日)における中継では日本テレビとの取り決めがあり、以下の試合は日本テレビの独占中継とし、NETテレビでは放送してはならないことになっていた。
  • そこで、アントニオ猪木を番組上でのメインイベンターに抜擢した形で放送した。またその後、坂口の試合とワールドリーグ公式戦はなし崩し的に放映することになった。これが引き金となり、日本プロレスは馬場派と猪木派に二分し、後に分裂の危機に立たされることとなった。
  • しかし1971年12月に猪木が追放処分となって看板を失い(猪木は翌年新日本プロレスを創立)1972年4月よりジャイアント馬場をNETの中継試合に出場させたことから日本テレビ側が激怒し同局での中継が終了(その後1972年10月から『全日本プロレス中継』がスタート)となり、日本プロレスの中継はNETが独占する形となった。
  • そして1972年7月、日本テレビでのプロレス番組が完全に放映を終えた2週間後、同局の「金8枠」(毎週金曜日の20:00 - 20:54)の中継を引き継ぐ形で『NET日本プロレスリング中継』という中継枠が設けられ10月改編期まで暫くの間は旧来の『ワールドプロレスリング』としての放送枠(当時は月曜20時台であった)と並行して放送、その間は日本プロレスの中継枠がゴールデン枠に2つ存在していた。ただし同年10月からは金曜20時の『NET日本プロレスリング中継』枠に一元化、月曜20時の『ワールドプロレスリング』は同年9月をもって一旦廃枠となる。
  • その後、坂口が新日本プロレスに加入するならという条件で1973年3月30日で『NET日本プロレスリング中継』を打ち切り1973年4月から第2期『ワールドプロレスリング』として新日本プロレスの中継を開始した(それまで新日本プロレスは東京12チャンネルプロレスアワー』にて単発で中継されていた)。

新日本プロレス中継時代

ゴールデンタイムでの放送

  • 1973年4月6日新日本プロレスの中継番組として放送開始。それまでの『NET日本プロレスリング中継』枠同様に「金8枠」に主に生放送され裏番組の日本テレビ系列『太陽にほえろ!』、TBS系列『3年B組金八先生』と激しい視聴率争いを繰り広げた。
  • 1976年2月6日の「格闘技世界一決定戦・猪木vsウィレム・ルスカ」の生中継で、最高視聴率34.6%(ビデオリサーチ・関東地区調べ)を記録する。
  • 1982 - 1983年古舘伊知郎の過激な実況(当時テレビ朝日アナウンサーだった古舘にとっては「出世作」となる)、タイガーマスクの登場、長州力らのプロレスアナーキーこと「維新軍団」の反乱、殆どが実況生中継という要因によって視聴率も20%超えの絶頂期を迎える。
  • 新日本プロレスの海外遠征に帯同しての現地からの中継や各シリーズの最終中継日に次期シリーズ来日レスラーの紹介(BGMとして有名ギタリストジェフ・ベックの曲『スター・サイクル(Star Cycle)』が流れる)など、現在では見られなくなった企画もあった。後者は当時、現在とは違って日本人VS外国人という図式がメインでシリーズ毎に目新しい外国人選手の出場が多かったため。日本人同士の抗争がメインになって以降は登場する外国人も殆ど変わらず対戦カードの変更はあるものの総体的な出場選手としては特に変化が無い日本人同士の対決に重きを置いた為、マンネリ気味なため行われていない。
  • これから戦う選手名(つまり対戦カード)のテロップが表示されるのはこの頃にはすでに導入されている。ただし、1982年頃の視聴率がピークの頃は古舘の実況に合わせる様に選手が花道を入場してくる際に“燃える闘魂”“人間山脈”“超人”“世界の荒鷲”などといったレスラーの別名(ニックネーム)のテロップが場を盛り上げていた。また前述の「次期シリーズ参加外国人選手」の予告にも同様に、古舘の実況の文言がテロップで矢継ぎ早に表示された(例:「マット上、戦況は混沌としております。内乱・テロ・リボリューションと様々な断面を見せながら、過激なプロレスを超えたシュールな戦い模様であります」「燎原の火、逆巻く次期ブラディファイトシリーズにどうぞご期待下さい」「○○(西暦)年の悼尾を飾りますMSGタッグリーグの参加チームを覗いて見ましょう」「新日猪木砦に黄色信号。維新決起の大坂夏の陣」「世界各地域を勝ち抜いてきた列強がひしめき合う第○回IWGPの出場選手の紹介です)。
  • 1986年10月、裏番組『痛快なりゆき番組 風雲!たけし城』(TBS系列)が高視聴率を獲得した影響を受け、月曜20:00-20:54に移動。現在も続く『ミュージックステーション』が後番組として始まった。
  • 1987年4月7日、火曜日の20:00からの放送に移行した際、テコ入れとしてバラエティの要素を加えた『ギブUPまで待てない!!ワールドプロレスリング』として番組を新装。「プロレス+バラエティ=面白すぎるスポーツ番組の登場!」といったコンセプトのもとに、山田邦子をメインパーソナリティとしたスタジオ収録のバラエティを中心にそれに試合中継を挟み込む構成とした。これに伴い、試合は全て録画中継となった。また当初は、試合会場とスタジオとを二元中継の形で結ぶこともあった。しかし初回から試合中の良い場面で「驚く山田の顔がアップになる」などの的外れな演出に、プロレスファンが猛反発。前週まで10%台あった視聴率が5%以下に落ちたともいわれている。このバラエティー部分は後にスタジオでの選手へのインタビュー中心に変わり、末期には消滅した。この番組の中期、山田が一時帰国中の馳浩にインタビューした際「(試合中の怪我による)血って簡単に止まるものなんですか?」と聞いたのに対し、馳が「止まる訳ないだろ、つまんないこと聞くなよ!」と山田に向かって憤慨したエピソードがある。
  • 1987年10月からは再び月曜日の20:00に復帰、「ワールドプロレスリング」のタイトルが復活したうえ番組も元の試合中継のスタイルに戻る。前番組の名残りかこの時オープニングテーマとして使われたのは自局のスポーツテーマではなく、CHAGE and ASKAの『狂想曲 〜ラプソディ〜』だった。

ゴールデンタイム撤退

  • 1988年4月より初めてゴールデンタイムを外れ、かつて『ビッグスポーツ』を放送していた土曜日の16:00 - 16:54に移行。タイトルも「'88 (エイティエイト) ワールドプロレスリング」と改められる(1989年から3たび「ワールドプロレスリング」に戻る)。この時間帯はゴルフ中継が頻繁に放送され、しかもそちらの方が優先されたことから毎週の放送ができずにファンからは不評だった[1]
なお1990年頃より、テレビ朝日系列のなかのネット局においても深夜帯など時差ネットに切り替える動きが出始めた(例:1990年4月に、朝日放送と名古屋テレビが深夜帯に移動)。
  • 1994年4月から土曜の深夜時間帯に移動しほぼ毎週放送されるようになったが1996年1月、2000年4月の東京ドーム大会は即日に特番で放送。猪木が引退した1998年の東京ドーム大会では、後日特番でゴールデンで放送された。
  • 2001年4月、大阪ドーム大会(4月9日)の特番に突如としてタレントの乙葉が「ワールドプロレスリングイメージガール(番組イメージキャラクター)」なる肩書で登場。以後、2002年までの約1年にわたりビッグマッチの度にゲスト解説を務めた。この起用の狙いを番組プロデューサーは「プロレスを知らない彼女が出来たとしたら、貴方はどのようにしてプロレスに興味を持たせるかという一種のシミュレーションと考えてくれればいい」と当時語っていた。実際、乙葉本人はプロレスに関して全く知らず勉強もしていなかったようで「三沢さんって強い人だったんですね、知りませんでした」などの爆弾発言で物議を醸した。同様に2003年、無名時代の安めぐみをイメージキャラクターに起用したが数回登場した後に番組の縮小もあり「イメージキャラクター」そのものが事実上立ち消えとなった。これは、安がタレントとして売れて多忙になったのも一因と考えられている。以後は番組イメージキャラクターの設定はない。

現状

  • 現在テレビ朝日では土曜深夜に放映されているが、同時ネット局は静岡朝日テレビのみとなっている(1年に1 - 2回放送時間の関係などで放送休止の場合がある。その場合は他の日に放送せず、その週は完全休止の扱いとなる)。系列局によっては1 - 2週間以上遅れて放送されており、そのため例えば2005年の10月に行われた東京ドームのビッグマッチが地方によっては11月を過ぎてから「10・8ドーム大会全カード発表」といったケースもあった。
  • 2004年4月には、放送時間が30分に短縮された。放送時間短縮後はジュニアヘビー級の試合がタイトルマッチとリーグ戦以外ほとんど放送されなくなり、1試合かせいぜい2試合しか放送しなくなった。時を同じくしてBS朝日では全カードを中継する『ワールドプロレスリング 完全版』がスタート。2005年4月からは地上波未放送試合をカバーする目的で『闘魂スーパーバトル』と題した60分のレギュラー番組にリニューアルしたが、これも2008年に終了。2008年4月からはスカパー!テレ朝チャンネルで再び新作の『-完全版』が放送されている。
  • この放送時間の短縮は、「年6回の特番を放送するという新日本プロレスとの条件付き」とされた。しかし、2005年現在では東京ドーム大会などのビッグマッチでも特別編成での放送は全く行われていないのが現状である。かつてはゴールデンタイムでの特番や日曜夕方の生放送特番を年数回行っていたが、2002年5月の放送を最後にプライムタイムでの特番は放送されていない。またかつてはG1 CLIMAXの決勝戦を日曜夕方にて放送していたが、こちらも2003年が最後となっている[2]
  • 現在は新春特番として年1回程特別番組が組まれることがある。2006年1月4日の東京ドーム大会についてはテレビ朝日と一部系列局で3時間に渡って放送されたが、深夜の非常に遅い枠だった。
  • 地上波でのプロレス自体が減少している現在、毎年3月頃になると絶えず打ち切りの噂が広まるが実際に打ち切られておらず噂の範囲内にとどまっている。
  • 新日本プロレスの中継がメインだが近年はプロレス団体の門戸が開いたことに対応し、他団体に乗り込む新日本プロレス所属選手の戦いぶりを映像素材を借りて放送することも多くなった。特にプロレスリング・ノアビッグマウス・ラウドといった団体の試合も登場する。
  • 最近は放送される殆どの大会をHD(ハイビジョン)で収録している。同じ映像素材を使用するBS朝日の『闘魂スーパーバトル』は番組開始当初からHDでの放送であったが、『ワールド-』は2007年9月まで4:3SDでの放送であった。同年10月からHDでの放送がスタート。
  • 2006年藤波辰爾主宰の無我ワールド・プロレスリングというプロレス団体が発足。同団体の設立に際し、同年3月に藤波の個人芸能事務所「シーホース・コーポレーション」社が「ワールドプロレスリング」の商標登録申請をした(しかし結果は拒絶査定となっている)。
  • 2007年12月よりテレ朝チャンネルにおいて過去の当番組の映像を再放送する『ワールドプロレスリング クラシックス』の放送が開始されたことに伴い、同じテレ朝チャンネルで放送される他の番組でも過去映像の使用が解禁された。これに伴い『上田ちゃんネル』など一部の番組で、過去の試合を振り返る企画がスタートしている。これとは別でスカイ・エースポーツプラスでも『ワールドプロレスリング不滅の闘魂伝説』を以前から放送している。

主な実況アナ

現在

過去

主な解説者

現在

過去

パーソナリティ・イメージキャラクター

ナレーター

※ 深夜に移行後は、テレ朝のアナウンサーが担当する場合がある(過去に実況担当の田畑らが兼ねた例もあった)。

テーマ曲

  • ワールド・プロレス吹奏楽団『ワールドプロレスリングのテーマ』
  • ANBオーケストラ『テレビ朝日スポーツ・テーマ』 ※ モスクワオリンピック中継用に製作されたバージョン
上記2曲の演奏者は、共にレコードのクレジット上のもの。また上記『テレビ朝日スポーツ・テーマ』は、完全な形でのソフト(音源)化が現在でも成されていない。
  • 『テレビ朝日スポーツ・テーマ 朝日に栄光あれ』(1982年ごろ - 1987年3月)
オープニングでは他の競技の中継で使うテーマソングに若干アレンジを加えていた。
同上のインストゥルメンタル・バージョンを、エンディング後の提供読みのBGMに使用。テーマ曲変更のあった1987年10月以降も、これを提供読みの際に引続き使用。
この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています

古舘伊知郎の功罪

ワールドプロレスリングで実況を担当したアナウンサーの多くは、テレビ朝日の中核をなすアナウンサーへと成長した。そのなかでも古舘伊知郎が実況を担当していた時期(レギュラーは1979年から1987年3月26日まで。その後、当時猪木の最後の試合になると噂された1988年8月8日の藤波vs猪木のIWGPヘビー級選手権、及び1998年4月4日の猪木引退試合を担当)は、新日本プロレスの隆盛と共に番組の視聴率も最高潮だった。プロレスを「闘いのワンダーランド」と形容し、数々の名実況を残した古舘はプロレス実況を卒業した後もフリーアナウンサーとしてF1中継の実況やバラエティ番組の司会として大活躍し、プロレス実況を舞台として最も成功したアナウンサーとなった。

しかし、その影響はワールドプロレスリングの後任だけに留まらず各テレビ局のプロレス・格闘技中継の実況アナウンサーに及び常に古舘の実況と比較されるようになった。ワールドプロレスリングに関しては、視聴率の面で苦戦する要因となった。後任の辻義就や藤井暁は古舘と比べられることに悩み、古舘に直接相談したこともあったという。

ネット局と放送時間

※2009年11月現在

放送局系列放送曜日
および放送時間
放送日の遅れ
テレビ朝日(EX)
【制作局】
テレビ朝日系列土曜 26:10 - 26:40---
静岡朝日テレビ(SATV)
瀬戸内海放送(KSB)日曜 25:15 - 25:451日遅れ
朝日放送(ABC)日曜 26:35 - 27:05
広島ホームテレビ(HOME)月曜 25:46 - 26:162日遅れ
鹿児島放送(KKB)火曜 25:40 - 26:103日遅れ
琉球朝日放送(QAB)水曜 25:41 - 26:114日遅れ
熊本朝日放送(KAB)木曜 25:40 - 26:105日遅れ
北陸朝日放送(HAB)土曜 25:00 - 25:301週遅れ
青森朝日放送(ABA)土曜 25:30 - 26:00
新潟テレビ21(UX)
福島放送(KFB)土曜 25:35 - 26:05
長野朝日放送(abn)
東日本放送(KHB)土曜 25:42 - 26:12
山形テレビ(YTS)土曜 25:55 - 26:25
岩手朝日テレビ(IAT)土曜 26:00 - 26:30
山口朝日放送(yab)
大分朝日放送(OAB)土曜 26:20 - 26:50
九州朝日放送(KBC)土曜 26:35 - 27:05
名古屋テレビ放送(NBN)日曜 26:10 - 26:408日遅れ
秋田朝日放送(AAB)日曜 25:40 - 26:10
愛媛朝日テレビ(eat)日曜 25:15 - 25:4515日遅れ
長崎文化放送(NCC)日曜 25:45 - 26:15
北海道テレビ(HTB)土曜 26:00 - 26:3021日遅れ
※地方大会の中継の場合、各ネット局が「制作協力」としてクレジットされる場合がある。
※上記以外では沖縄県のケーブルテレビ放送局・宮古テレビが、宮古テレビチャンネル(自主放送チャンネル)において月曜日のゴールデンタイム(月曜 20:00 - 20:30)に当たる時間帯に放映している。火曜日午後(主に14:30 - 15:00)に再放送も行われている(2010年2月現在)。

過去

諸般の事情で途中打ち切り

ネットチェンジや新局開局による打ち切り

関連番組

『ワールドプロレスリング 完全版』
BS朝日で毎週土曜に放送されていた(2005年3月終了)。その後2008年12月よりテレ朝チャンネルで放映を再開した。
約2時間半と長い放送時間を生かし、地上波では放送しなかったカードをノーカットでHD放送(一部のカードを除く)している。
『闘魂スーパーバトル』
「完全版」に代わり、2005年4月からBS朝日で放送。放送枠は1時間に短縮され、ジュニアヘビー級のカードをメインとしてノーカットでHD放送(一部のカードを除く)。2007年4月からは毎月最終週の放送を過去の新日本プロレスの名勝負の中から毎月テーマを決め、そのテーマにそってあらかじめ番組が選んだ対戦カードの中からリクエストが多かったカードを放送する「闘魂スーパーバトルS.P.」として放送した。水曜と土曜に放送。2008年9月20日をもって終了。
『ワールドプロレスリング 不滅の闘魂伝説』
スカイ・Aでの放送。過去に放送された貴重な映像から、名勝負などを放送する(一部番組では「映像提供:テレビ朝日」のロゴが現在のtv asahiヴァージョンではなく、旧版のものが使われている)。
『ワールドプロレスリング クラシックス』
テレ朝チャンネルで2007年12月より放送開始(2008年2月より定期放送化)。「不滅の闘魂伝説」同様に過去の名勝負を放送する。

脚注

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関連項目

外部リンク

番組の変遷

NET 水曜21時台
前番組番組名次番組
ワールドプロレスリング(JWA版)
(1969年7月 - 1970年3月)
NET 月曜20時台
ワールドプロレスリング(JWA版)
(1970年4月 - 1972年9月)
泣きべそ・ほほえみ・六本木
NET→テレビ朝日 金曜20時台
洋画招待席
(19:30 - 20:56)
日本プロレスリング中継

ワールドプロレスリング(新日版)
(1972年7月 - 1986年9月)
テレビ朝日 月曜20時台
予告
(20:00 - 20:02)
月曜ワイド劇場
(20:02 - 21:54)
ワールドプロレスリング(新日版)
(1986年10月 - 1987年3月)
ナイトライダー
(水曜21:00より移動)
テレビ朝日 火曜20時台
ギブUPまで待てない!!
ワールドプロレスリング
(1987年4月 - 9月)
ベットでパパと呼ばないで
テレビ朝日 月曜20時台
ナイトライダー
(水曜21:00へ移動)
ワールドプロレスリング(新日版)
(1987年10月 - 1988年3月)
テレビ朝日 土曜16時台
'88ワールドプロレスリング

ワールドプロレスリング(新日版)
(1988年4月 - 1994年3月)
(単発枠)



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