替え歌

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替え歌(かえうた)とは、パロディの一形態で、本来そのに付けられた以外の歌詞を作詞して歌うこと、またはそれによって歌われる歌のことである。「替え唄」とも表記される(主に嘉門達夫が使用)。

なお、元がインストルメンタル(歌詞がない、楽曲のみの作品)の場合は「単なる作詞」となるか、「替え歌」となるか議論が分かれる。

目次

替え歌が作られる経緯

民謡の場合

古く著作権の意識がなかった頃には、替え歌は当たり前のものであり、むしろ民謡は個々人が変えて歌うのが当たり前であった面もある。現在でもたとえば八重山民謡のトバラーマ大会では出場者はそれぞれ自前の歌詞を歌う。旧制一高寮歌アムール川の流血や」が軍歌や労働歌になったのもこの感覚が残っていた時代のことで、「アムール川」の作者が陸軍や労働組合に抗議したという話は残っていない。

  • 「アムール川の流血や」(塩田環作詞・栗林宇一作曲:明治34年頃)のメロディを流用した歌は、例えば以下のようなものがある[1]
    • 歩兵の本領」(加藤明勝作詞):万朶(ばんだ)の桜か襟の色、花は吉野に嵐吹く…
    • 「ホーヘルリンデン夜襲」(山蔭樵夫作詞):日は早や西の入相(いりあい)の…
    • 「征露の歌」(青木得三作詞):ウラルの彼方風荒れて…

遊び

替え歌のほとんどは、遊び感覚で作る物である。替え歌その物を趣味として作る場合もある。大人がパーティーの余興に作ったり、子供の遊びの一部として作られる物など様々である。子供が遊びで作る場合、元になる曲は子供が知っている曲、アニメソング童謡、あるいはその時期の流行曲が多い。内容も時事ネタや内輪ウケが多いが、中には下ネタや残虐ネタ、頭髪の薄さをネタにする内容を織り込むのが得意な子もいる。替え歌を作り慣れている大人の間では、下ネタや残虐ネタは幼稚とみなされやすいようである。

  • 内容を変えずに方言で歌い変えるタイプの替え歌もある。たとえば「リンゴの唄」の冒頭を「あけえ りんごに くちべた ひっつけて」という風である。これは観光旅行バスガイドが芸として披露する場合がある。
  • 無理矢理外国語にしてしまう、というのもある。たとえば「めんこい子馬」の卑猥な替え歌の歌詞「夕べ父ちゃんと寝たときにゃ」を「Last night sleeping with my Papa」とやる。あるいは森昌子の「せんせい」の最後の部分を"Teacher,Teacher,It's Teacher!!とやるなど。

番組として

替え歌を募集して披露、採点するといった趣向の番組もあった。以下のようなものが有名。

ほかに、初期のボキャブラ天国も、目的は駄洒落であったが、替え歌になっているものが多かった。

猥歌

本格的に卑猥な歌は大人だけに見られるもので、卑猥なネタを扱った猥歌は往々にして替え歌として作られる。一般に猥褻な作品を好んで作り、発表することは力のある作家の行うことではなく、また発表の場もないから、最初から猥歌として生まれる歌はまずない。従って有名な歌を猥歌に歌いかえる場合が多い。「リンゴの唄」や「青い山脈」など、いくつかの定番は広く流布していると思われる。猥歌は酒の席で演じられることが多く、素面ではまず歌わない。

テレビ放送を目的とした物

CMテレビ番組で流す事を前提としている物。当然ながら一般ウケしそうな元曲(童謡、クラシック音楽が多い)に限られ、特に前者は認知度の高い歌に商業的な歌詞が付けられる。

これらの場合特に多くの人間が聞く機会を持つ事から一般に浸透しやすく、中には元歌以上に知れ渡る場合もある。例えば「隣組」「いい湯だな」は「ドリフ大爆笑」のテーマソング、「リパブリック讃歌」はヨドバシカメラCMソングと言った方が通じる、等である。なお元曲が文部省唱歌や親しまれた童謡だと「子供が間違った歌詞を覚えて困る」と教育関係者からクレームが入る場合がある。(例:「8時だョ!全員集合」において志村けんが歌った「七つの子」の替え歌。)

音楽活動の一環

嘉門達夫などが音楽活動の一環として替え歌を作るという物で、中には吉幾三(「俺ら東京さ行ぐだ」→「これが本当のゴルフだ!」)など、過去の自分の作品を替え歌にする者もいる。さだまさしは「雨やどり」の歌詞を三通り持っていた。嘉門達夫の替え歌は「替え唄メドレー」では本歌の1フレーズだけを変えてみせるものであったが、「勝手にシンドバッド」では全曲にラップ風のセリフを当てて見せた。金谷ヒデユキはその初期にほぼ曲1番分を丸々変えるのを得意にした。ほかに替え歌を持ちネタとするものに伊集院光Dice、下衆ヤバ夫などがある。

抗議や風刺を目的とした物

抗議や風刺を目的とした替え歌もしばしば作られ、今までに抗議活動などでしばしば用いられている。例えば、1969年の反戦フォークゲリラの際には、高石友也の「受験生ブルース」の替え歌で、機動隊を揶揄する「機動隊ブルース」が歌われた。また、日本文化チャンネル桜によるNHKスペシャル シリーズ 「JAPANデビュー」への抗議活動の際に、「ラジオ体操の歌」の替え歌である「NHK解体の歌」が歌われるなどした。


替え歌と著作権

替え歌は以前から存在した歌のパロディであって、著作権法二次的著作物という扱いになるため、しばしばその著作権問題が浮上する。

既に著作権が切れている曲は別として、曲の部分に著作権が生じるのは当然ながら、歌詞部分には著作権における同一性保持権の侵害となるので、個人や身内で楽しむ場合を除き注意が必要である。

古いところでは、タモリによるアルバム「戦後歌謡史」は、この著作権の問題をクリアできず、1981年に自主製作の限定版という形でのみリリースされた。

替え唄メドレー」シリーズとして数々の替え歌を送り出した嘉門達夫の場合、ライブで歌うなりCDリリースする場合は元曲の作曲者と歌唱者、さらに替え歌の歌詞の中に実在の人物の名前が出る時にはその人物にも許可を取っている。但し許可の範囲も人それぞれであり、全面的許可をする者からライブのみ許可をする者(CDリリースは不可)まで様々である。当然ながら許可を得られなかった場合は公の前で歌唱は不可能となる。尚余談ながら、ライブでは「替え唄メドレー」シリーズの歌詞をCD収録の物と変えて歌ったり、CDリリースが不可となった曲を並べた「ボツ・替え歌メドレー」といった曲を披露した事があった。それらの中には後に許可が出てCD収録された替え歌も幾つも存在する。また洋楽の替え歌については殆どが許可が取れなかったと語っている。

またラジオ関西の「青春ラジメニア」では番組と親交が深い権利者の曲に限ることとし、また放送後に著作権者に替え歌の内容を報告して事後承諾で許可をとっている。

有名な替え歌の例

ギャグとして行う場合、みんなに本歌がわかっている方が通りが良い。従って、たとえば国民的アニメと言われる「サザエさん」の主題歌や、「うれしいひなまつり」、「お正月」などは本歌として非常によく使われる。地域や時代、世代によって様々なものがある。いくらでもあるので、列記する意味は少ないが、特徴的なものを挙げる。

出典

  1. ^ 『思い出の軍歌集』、p.72-75

参考文献

  • 椎葉京一編、『思い出の軍歌集』、(1964)、野ばら社

関連項目

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