日本相撲協会

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財団法人日本相撲協会
Japan Sumo Association
団体種類財団法人文部科学省所管)
設立1925年12月28日
所在地東京都墨田区横網1-3-28
起源東京大角力協会
主要人物理事長 武蔵川晃偉
事業部長 出羽海義和
活動地域 日本
活動内容相撲の指導普及
活動手段本場所巡業興行
収入事業活動収入109億円
投資活動収入 56億円
(2008年度)[1]
基本財産正味財産449億円
(2008年12月末)[2]
子団体相撲博物館
ウェブサイトwww.sumo.or.jp
 Template‐ノート:基礎情報 非営利団体 

財団法人日本相撲協会(にほんすもうきょうかい、英文名: Japan Sumo Association)は、大相撲の興行、相撲競技の指導・普及、相撲に関する伝統文化の保持のために1925年に設立された財団法人特例民法法人)である。

寄附行為第3条(目的)において、「この法人は、わが国固有の国技である相撲道を研究し、相撲の技術を練磨し、その指導普及を図るとともに、これに必要な施設を経営し、もって相撲道の維持発展と国民 の心身の向上に寄与することを目的とする。」と定められている。

目次

概要

日本相撲協会は、商業的かつ職業的な相撲興行に関して、全国規模で開催している唯一の法人である。通称「相撲協会」。文部科学省スポーツ青少年局競技スポーツ課所管(中央省庁再編前は文部省)の特例財団法人であり、英文字略称は「Japan Sumo Association」の略のJSAだが、ほとんど使われていない。

主たる事業は、本場所巡業興行青少年学生への相撲の奨励、相撲教習所の維持運営、国技館の維持運営、相撲博物館の維持運営、構成員の福利厚生などである。これらの事業を実施するため、事業部、審判部、巡業部、地方場所部、指導普及部、生活指導部、総合企画部、相撲教習所、観察委員会、広報部などがあり、それぞれの長は理事が務める。構成員は、年寄力士行司呼出床山若者頭および世話人などである。

公益法人としての資格については、「興行に拘りすぎて、財団法人としての責任義務を果たしていないのではないか」という意見も多数あるが、公益事業として相撲の指導普及を図るため指導普及部を設置し、指導普及部一般会員の進級試験も行っている。

2007年八百長疑惑、時津風部屋力士暴行死事件横綱朝青龍の無断帰国・巡業休場問題が相次いで発生し世間の注目を集めた。さらに2008年8月には、協会の再発防止検討委員会が実施した抜き打ちドーピング検査による大相撲ロシア人力士大麻問題で、当時の北の湖理事長が辞職した。この検査は、世界アンチ・ドーピング機関及び日本アンチ・ドーピング機構の認定検査機関である三菱化学メディエンスが実施した。これらの諸問題に対し、公益法人としての責任が問われている。

沿革

母体は東京に本拠を置いた「東京大角力協会」であり、その起源は江戸時代に遡る。下記以外の歴史については、『大相撲の歴史』を参照のこと。

  • 1925年大正14年)12月9日 - 時事通信社が「東京大相撲協会が財団法人大日本相撲協会に組織替え」と報道(当時の正式名称は「東京大角力協会」)
  • 1925年12月28日 - 財団法人大日本相撲協会設立の許可がおりる。
    当時摂政皇太子であった昭和天皇の台覧のおり下賜された奨励金から「摂政宮賜杯」(現在の天皇賜杯)をつくったが、興行主に過ぎない団体が菊花紋章の入った優勝杯を使用するわけにはいかず、財団法人許可を受けた。この許可も、どうやら難しそうだと見て、あえて年末に申請して強引に許可を受けたという裏話が残っている。
  • 1927年1月5日 - 大坂相撲協会が解散し、大日本相撲協会に合流して、東西大相撲が合併。
  • 1927年1月7日 - 新しい番付を発表(1925年から1926年にかけて行われた東西連盟大相撲の成績をもとに作成)
  • 1927年1月8日 - 役員改選し、会長には福田雅太郎陸軍大将)が就任。
  • 1928年1月 - 大日本相撲協会に改称。
  • 1966年4月1日 - 財団法人大日本相撲協会から財団法人日本相撲協会に改称(文部省関係許可認可等臨時措置令施行規則の一部を改正する省令(昭和41年文部省令第6号))

役員

役員総説

  • 役職・階級
    • 最高位は理事長である。設立当時の最高位は会長だったが、戦後廃止された。
    • 役職は、理事、副理事、役員待遇、委員、主任、年寄(平年寄ともいう)の6職階に分かれている。なお、役員として監事が職階としてあったが、理事の監督機関であるはずの監事が、副部長として業務執行に関与するなどの実態を問題視した監督官庁である文部科学省の指導により、監事は現在、外部登用をしているため、職階としての監事は「副理事」となった。また、かつては、主任の上位に参与の職階があり、また1968年までは理事の上に取締という役職を置き、取締が協会運営の中枢を担っていた。
      • 力士は、引退後に平年寄(元横綱は引退後5年間、元大関は同様に3年間委員待遇)として指導普及部へ配属され、警備などを担当する。その後の改選時に主任、さらには委員に昇格する。ただし、年寄名跡を所有していない、いわゆる借株の年寄は平年寄に留め置かれ、番付においては、年寄株を所有している他の平年寄より下に置かれる。
  • 定員
    • 役員(理事・監事)の定数は、寄附行為の定めにより、理事は9名以上13名以内、副理事は3名以内。
  • 任期・選任方法
    • 理事長は理事の互選で定める。
    • 役員(理事・監事)の任期は2年で、西暦偶数年の1月場所後に選任される。
    • 役員は、評議員(年寄名跡105名以内+一代年寄2名、現役力士4名以内、行司2名以内で構成)の投票による選挙で選出される。現役力士、行司の評議員は、それぞれ力士会、行司会の互選で定める。現役力士の評議員は、慣例として日本国籍を有する番付上位(横綱・大関)の者が選ばれる。2008年1月では、横綱・大関に該当者が3名しかいなかったため、現役力士の評議員は3名であった。2010年1月には該当者が2名に減少している。
    • 役員(理事・監事)の立候補・投票制度は、1968年1月の協会機構改革により、確立された。1968年の最初の選挙では、監事候補が4名になったので、投票がおこなわれた(高砂一門の若松親方が落選)が、それ以来、各一門が一門別の評議員(選挙人)に応じて立候補者数を調整し、理事・監事選挙に臨んだため、1970年から1996年までの連続14期・28年間は、全ての理事・監事が無投票で選出されていた。選挙が行われたのは、1998年2000年2002年2010年の4回だけである(協会理事と一門)。
      • 1998年の改選の際には、間垣親方(2代若乃花(二所ノ関一門))および8代高田川親方(前の山太郎(高砂一門を破門))が一門の調整外で立候補し、18代陣幕親方(北の富士勝昭(高砂一門))が候補から外されたことで協会を退職したため、理事候補者が11人となり、初めて投票による理事選挙が実施された(当時の理事定数は、7名以上10名以内)。
      • 2010年2月の改選の際には、貴乃花光司が、二所の関一門を離脱して、調整外で立候補することを表明。定数10に対し、11人が理事に立候補することとなり、2002年以来4期ぶりに理事選挙の投票が実施された。その結果、貴乃花親方が当選し、現行の役員制度になってから5番目に若い理事となった。
  • 外部役員の導入
    • 時津風部屋力士暴行死事件で元時津風親方らが逮捕されたことを受け、監督官庁の文部科学省から「外部の識者を相撲協会の理事に迎えて、相撲ファンの声が届くような体制にして戴きたい」と強く指導されたため、協会では寄附行為(企業の定款に相当)を変更するとともに、2008年9月30日、臨時理事会と評議員会を開催し、戦後初めて親方以外から理事2名および監事1名を決定、選任した[3]。同時に、3名の親方が務めていた監事は副理事に名称変更された。
    • また、外部理事及び監事は、現在のところ、番付表には記載が行われていない。
  • 役員経験者の処遇
    • 理事長経験者は相談役として、理事と同等の待遇を受ける。また、理事経験者や副部長の職責を全うできる者は、役員待遇として監事と同等の待遇を受ける。

理事長

  • 常ノ花以降三重ノ海までの歴代理事長を一門別に分けると、出羽海一門6人、時津風一門2人、二所ノ関一門1人となる。
  • 親方として三役以上の力士を育てていない理事長は、北の湖が唯一である。理事長はすべて部屋持ち親方で、武蔵川喜偉と任期後半の境川尚を除いて、部屋付き親方が理事長を務めた例はない(武蔵川喜偉も先代の出羽海で部屋経営の経験はあった)。

歴代理事長

代数名前在任期間最高位現役名備考
初代広瀬正徳1920年1月~1938年9月陸軍主計中将
2代藤島秀光1944年3月~1957年5月第31代横綱常ノ花寛市後に出羽海に名跡変更
3代時津風定次1957年5月~1968年12月第35代横綱双葉山定次公選初代理事長
4代武蔵川喜偉1968年12月~1974年1月前頭筆頭出羽ノ花國市
5代春日野清隆1974年2月~1988年1月第44代横綱栃錦清隆二子山が理事長代理
6代二子山勝治1988年2月~1992年1月第45代横綱若乃花幹士
7代境川尚1992年2月~1998年1月第50代横綱佐田の山晋松就任時は出羽海、名跡変更
8代時津風勝男1998年2月~2002年1月大関豊山勝男
9代北の湖敏満2002年2月~2008年9月第55代横綱北の湖敏満一代年寄。任期途中で引責辞任
10代武蔵川晃偉2008年9月~第57代横綱三重ノ海剛司
  • 年寄名は就任時
  • 戦前は会長職を置いていた。会長を務めたのは福田(1928年1月~1930年5月)、尾野実信(陸軍大将、1930年5月~1939年5月)、竹下勇(海軍大将、1939年5月~1945年11月)。福田も含めすべての会長が陸海軍の大将で、このことはベースボールマガジン社発行の月刊誌「相撲」のコーナーにおいても詰問されたことがあった。ただ、当時軍人をトップに戴いていた組織はそう珍しくはなかった(現在でも政治家や高級官僚OBを会長とする法人は珍しくない)。

理事長辞任

理事・監事

寄附行為により、理事定数は9名以上13名以内(うち年寄7名以上10名以内、外部理事3名以内)、監事定数は3名以内。

理事長以外の理事は各部の部長を務める。監事は、理事会及び評議員会に出席できるものの議決権はない。法律では、財団法人の監事は、「理事の業務執行の状況を監査する」機関である。しかし、監事が外部役員となるまでは、理事の部長に対して、監事は副部長として業務執行に従事するなど、監事の理事の業務執行に対する監査機能が軽視されていた。

内部理事
役 職年寄名最高位四股名所属一門
理事長武蔵川晃偉第57代横綱三重ノ海剛司出羽海一門
事業部長出羽海義和関脇鷲羽山佳和出羽海一門
指導普及部長
総合企画部長
巡業部長放駒輝門大関魁傑將晃二所ノ関一門
審判部長九重貢第58代横綱千代の富士貢高砂一門
審判部長友綱隆登関脇魁輝薫秀立浪一門
大阪場所担当部長北の湖敏満第55代横綱北の湖敏満出羽海一門
名古屋場所担当部長二所ノ関正裕関脇金剛正裕二所ノ関一門
九州場所担当部長鏡山昇司関脇多賀竜昇司時津風一門
相撲教習所貴乃花光司第65代横綱貴乃花光司無所属
監察委員長
広報部長陸奥一博大関霧島一博時津風一門
生活指導部長
警備本部長
外部理事
役 職氏 名備 考
伊藤滋東京大学名誉教授
村山弘義弁護士(元東京高等検察庁検事長
監事
吉野準警視総監
  • 2010年2月現在、出羽海一門から3人理事が輩出されているのとは対照的に、立浪・高砂の両一門からは1人しか理事が出ていない(時津風一門からは2人)。また貴乃花親方は理事選出馬時に一門から離脱しているため、二所ノ関一門からは2名の輩出である。

 

関連リンク

諮問機関

諮問機関には、横綱審議委員会、運営審議会の2つがある。2007年には先述の時津風部屋における事件を踏まえて有識者を含む「再発防止検討委員会」を発足させた。委員は、協会からは伊勢ノ海、友綱、秀ノ山、中村、桐山、松ケ根、千賀ノ浦、井筒の8親方、外部からは大西祥平慶應義塾大学スポーツ医学研究センター副所長)、塔尾武夫(日本相撲連盟副会長)、やくみつる漫画家好角家としても知られている)、山口弘典(日本プロスポーツ協会副会長)、山本浩(元NHK解説委員)。

処分

処分には、けん責・給与手当減額(減俸)・出場停止・番付降下(横綱は事実上不可能)・解雇・除名がある。除名以外は理事会の決議によるが、除名は役員・評議員・横綱・大関の総数の4分の3以上の決議による。これまでの処分には以下のものがある。

  • 1985年2月、年寄名跡花籠」を借金の担保にした12代花籠親方(第54代横綱) - 委員から平年寄への2段階降格と無期限謹慎(同年12月廃業)
  • 1997年1月、1996年11月場所から翌年初場所まで予告なしに本場所を欠場(失跡)した16代山響親方 - 解雇
  • 2006年7月、本場所中、カメラマンに暴行した露鵬幸生 - 3日間出場停止
  • 2007年5月、現役力士が車の運転を原則禁止されているにも関わらず、運転の上人身事故を起こした旭天鵬勝 - 1場所出場停止と謹慎
  • 2007年8月、腰の骨折と称しモンゴルへ帰国した直後に中田英寿とサッカーをした朝青龍明徳(第68代横綱) - 2場所出場停止と謹慎
  • 2007年10月、時津風部屋力士暴行死事件を起こした15代時津風親方 - 解雇
  • 2008年8月、大麻所持で逮捕された若ノ鵬寿則 - 解雇
  • 2008年9月、若ノ鵬の事件を受けて行われたドーピング検査で大麻陽性反応が出た露鵬幸生白露山佑太兄弟 - 解雇
  • 2008年12月、時津風部屋力士暴行死事件を起こし、一審で有罪判決を受けた時津風部屋所属の力士3名 - 解雇
  • 2009年2月、大麻所持で逮捕された若麒麟真一 - 解雇
    • 解雇は退職金が支払われるが除名は支払われない。若麒麟の際には除名を求める声もあったが外部役員から「退職金を支払わないために(前年の解雇と同様の事例を)除名にするのはおかしい」との指摘があり解雇となった。

協会葬

在職中、または現役中に相撲界の発展に多大に寄与した者に対し、日本相撲協会葬を行う。原則として、理事経験者か横綱の場合に限る。

 年月日名前最高位・現役名備考遂行理由
11922年12月28日出羽ノ海谷右衛門横綱・常陸山
21938年12月22日玉錦三右衛門横綱・玉錦現役没
31940年5月30日木村庄之助(松翁木村庄之助立行司、20代。現役没
41942年木村良雄木村良雄十枚目格行司。現役没
5?橋詰正次三段目
61949年1月26日出羽海梶之助小結・両國
71953年1月28日立浪弥右衛門小結・緑嶌
81959年10月6日春日野剛史横綱・栃木山
91960年12月26日出羽海秀光横綱・常ノ花第2代藤島理事長
101968年12月25日時津風定次横綱・双葉山第3代時津風理事長
111969年10月20日立浪政司横綱・羽黒山
121971年秀ノ山勝一関脇・笠置山
131971年高砂浦五郎横綱・前田山
141971年12月23日玉の海正洋横綱・玉の海現役時の病没
151975年3月27日二所ノ関勝巳大関・佐賀ノ花
161977年伊勢ヶ濵万蔵横綱・照國
171977年12月23日宮城野潤之輔横綱・吉葉山
181982年12月28日伊勢ノ海裕丈幕内・柏戸
191987年6月2日市川國一幕内・出羽ノ花第4代武蔵川理事長
201988年12月13日高砂浦五郎横綱・朝潮
211990年1月31日春日野清隆横綱・栃錦第5代春日野理事長
221996年12月18日鏡山剛横綱・柏戸
232005年6月13日二子山満大関・貴ノ花

※名前は逝去時。退職者は本名。

公式キャラクター

2009年よりマスコットとして「ハッキヨイ!せきトリくん」が登場した。せきトリを目指す「ひよの山」を主人公に「そっぷ山」「赤鷲」などのキャラクターも登場。デザイナーはリリー・フランキー。 大相撲にマスコットを設置した理由については、相撲離れの進む若い世代にもっと相撲に興味をもらう事が目的の一つであるという。 公式サイトや関連刊行物にも子供達が読みやすいよう、漢字に読み仮名を振る配慮がされている。 2010年よりぬいぐるみや文房具などグッズも作られる。

脚注

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外部リンク

  1. 転送 Template:大相撲関取

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