カレーライス

関連キーワードで検索

関連キーワードで検索

カレーライス
カレーライス

カレーライスは、米飯(ライス)にカレーソースを掛けた日本料理である。

食材をさまざまなスパイスで味付ける習慣のインド料理がルーツである。明治時代の日本に、当時インド植民地支配していたイギリスの料理として紹介され、その後日本で独自の進化をした。日本では国民食と呼ばれるほど広い世代に消費されている[1]。小中学校の給食でも常に人気の上位に挙げられる。エスニック料理が普及した現在の日本でも、単にカレーと呼ぶときはカレーライスを指す場合が多い。スプーンを使用して食べることが一般的である。

目次

概要

カレーライスは、はじめ日本にイギリス料理として伝わったため、日本では長く洋食として扱われてきた。現在の日本のカレーは、この流れに基づいた欧風カレー、さらに1990年代以降急増した本格インド料理店のカレー、そしてこの2つの流れを踏まえて生まれたオリジナルカレーの3つに大別できる。洋食としてのカレーは、イギリス海軍のカレー粉を入れたシチューの影響が大きいという説がある。

近畿地方では牛肉を使用したビーフカレー、関東地方では豚肉を使用したポークカレーが定番とされている[2]。カレーライスのルーツであるインド・パキスタンバングラデシュでは、ヒンドゥー教イスラム教などの影響で菜食が主流であり、野菜乳製品を使ったカレー料理が発達している。肉を使う場合はチキンマトンが多く、ポークビーフは少数派である。

なお、遠藤哲夫は著書『ぶっかけめしの悦楽』(文庫版改題『汁かけめし快食學』[3])で、日本においてこれほどまでにカレーライスが普及したのは、日本の伝統食である「ぶっかけ飯(汁かけ飯)」の系譜にカレーライスが位置づけられたためだと述べている。

カレーソース

日本初のレトルト食品であるボンカレーの発売当時のホーロー看板
日本初のレトルト食品であるボンカレーの発売当時のホーロー看板

カレーライスのうち、飯の上にかける汁をカレーソースと呼ぶ。野菜や肉などを煮込んだ鍋に、カレー粉小麦粉を油で炒めて少し焼き色をつけたもの(ルウ)を入れ、とろみが出るまでさらに煮るというのがオーソドックスな作り方である。カレーソースにジャガイモを入れることを考案したのは、札幌農学校の教師として来日していたウィリアム・スミス・クラークであり、当時不足しがちだった米を補う目的だったといわれる。クラークとカレーライスについては後述。

現在の日本の家庭では、カレー粉・油脂・小麦粉・旨味成分などを固形化した「即席カレールウ」を使ってカレーソースを作る調理法が主流である。

カレーソースを指して「カレールウ」「ルウ」と呼ぶ人もいるが、正確な表現ではなく、本来のルウ(小麦粉を油で炒めたもの)や固形の即席カレールウとの区別もしにくい。ただし、日本風のカレー店では「ルー増し」などの注文がカレーソースを示す言葉として一般的に用いられている[4]

粉末の即席カレールウは、1926年に、ハウス食品が「ホームカレー粉」の商品名で初めて発売した。固形製品は、1954年に、エスビー食品が初めて発売した。2004年度の家庭用カレールウ国内出荷額は約676億円で、各社のシェアはハウス食品約61%、エスビー食品約28%、江崎グリコ約10%と推計されており(日本経済新聞社)、ほぼ大手3社による寡占市場である。もっとも名古屋では、コメディアン南利明が「ハヤシもあるでよ」のキャッチフレーズで一世を風靡したオリエンタルのカレーにも根強い人気がある。

レトルトパウチを5分ほど湯煎するだけでカレーソースの調理が完成するレトルトカレーも、高い人気を得ている。2009年現在、レトルトカレーは多くのレトルト食品のなかでも最大の3割以上という売り上げ高を誇っている。

付け合せ

付け合わせはまったく付けないか、蜂蜜もしくは甘酢に漬けたラッキョウ福神漬が一般的である。その他にも白菜ピクルスレーズンナッツなどが添えられる。最初に福神漬けを添えることを考案したのは、日本郵船のヨーロッパ航路船でコックを務めていた「タキサダ・サダイチ」とされている。

カレーライスのバリエーション

札幌発祥のスープカレー
札幌発祥のスープカレー
カツカレー
カツカレー
  • カツカレー - カレーライスにトンカツを乗せたもの。最初のトッピングカレー。
  • ドライカレー - カレー風味の炒飯。または挽肉を使った汁気の少ないカレーをご飯に乗せたもの。
  • 混ぜカレー - あらかじめカレーソースとご飯を混ぜたもの。上に載せた生卵を絡めて食べる。大阪市の自由軒が発祥とされている。
  • カレー丼 - おもに蕎麦屋で出されるメニューで、カツオなどによる和風出汁に、カレー粉と片栗粉を混ぜてカレー味の餡を作り、米飯に掛けた料理。具は長ネギ・鶏肉のみというシンプルなものから、ふつうのカレーライス同様、肉と野菜を入れたものなど、多種多様。
  • あいがけ - ご飯にカレーソースとハヤシソース、あるいはカレーソースと牛丼の具という風に、カレーとほかのソース(具や汁)を一対一で掛けたもの。また、秋田県仙北市あいがけ神代カレーの様に和風ブイヨンを基本とした1960年代風のカレーソースとデミグラスソースを基本とした現代風のカレーソースをそれぞれ一対一で掛けたものも存在する。
  • 焼きカレー - 生卵を載せたカレーライスをオーブンで焼いたもの。福岡県北九州市の「カリイ本舗」の考案といわれる(特許登録第2691213号)。
  • 石焼きカレー - 石焼きピビンパのように、石鍋で焼いたご飯にカレーソースをかけたもの。
  • スープカレー - 北海道札幌発祥のスープ状のカレー。サラサラのカレーソース(スープ)、大ぶりに切った野菜、チキンレッグなどを特徴とする。
  • ハンバーグカレー - カレーライスにハンバーグを乗せたもの。

ご当地カレー

1990年代の後半ごろから、全国各地の特産品や名産物を具にしたレトルトカレーが次々に登場し、ご当地カレーというべきジャンルを形成している。それは北海道えぞ鹿カレー、青森県ほたてカレー、千葉県サバカレー、長野県リンゴカレー、愛知県名古屋コーチンチキンカレー、三重県松阪牛カレー、広島県牡蠣カレー、島根県カレー、沖縄県ゴーヤーカレーなどであり、現在はますますその種類を増やし、ありとあらゆる地方の名産物がカレーの具に採用されている。 インターネットでパッケージの写真が広く告知できるようになったことが、盛り上がりの理由として考えられる。

旧海軍ゆかりの神奈川県横須賀市では、市内の飲食店のいくつかで「よこすか海軍カレー」を供するなど、カレーを観光資源とする試みに取り組んでいる。これに似た例として、石川県金沢市金沢カレー茨城県土浦市ツェッペリンカレー、北海道富良野市の富良野カレー、秋田県仙北市のあいがけ神代カレーなどがある。これらも町おこしを目的としたご当地カレーの一種と考えてよいだろう。

行事

日比谷公園にある松本楼の10円チャリティーカレーが有名である。松本楼は1971年過激派グループの投げた火炎瓶により全焼した。1973年9月25日に再建されたことを記念して、この行事は毎年9月25日に実施される[5]。カレーソースは4日間煮込んだ本格的なポークカレーソースで、料金は10円に各自の志を追加して払う。売り上げは交通遺児育英会日本ユニセフ協会に全額寄付されている。「10円カレー」は俳句の秋の季語にもなっている。

歴史

沿革

  • 1863年(文久3年)、江戸幕府の遣欧使節の三宅秀が、船中でインド人が食事する様子を見て「飯の上へ唐辛子細味に致し、芋のドロドロのような物をかけ、これを手にて掻き回して手づかみで食す。至って汚き人物の物なり」と日誌に記している。
  • 1872年(明治5年)、北海道開拓使東京事務所でホーレス・ケプロン用の食事にライスカレー(当時の表記はタイスカリイ)が提供された。
  • 1872年(明治5年)、カレーライスのレシピを記した本「西洋料理指南」(敬学堂主人)、「西洋料理通」(仮名垣魯文)が出版される。
  • 1876年(明治9年)、当時、札幌農学校の教頭として来日していたウィリアム・スミス・クラークが、「生徒は米飯を食すべからず、但しらいすかれいはこの限りにあらず」という寮規則を定める。
  • 1877年(明治10年)、東京の洋食食堂「風月堂」が、初めて日本でライスカレーをメニューに載せる。
  • 1903年(明治36年)、大阪の「今村弥」(現ハチ食品)が、初めて日本でカレー粉を製造販売。
  • 1904年(明治37年)、東京・早稲田の飲食店「三朝庵」が、初めてカレーうどんをメニューに載せる[要出典]
  • 1906年(明治39年)、東京・神田の「一貫堂」が、初の即席カレールウ「カレーライスのタネ」を発売。
  • 1908年(明治41年)、帝国海軍が配布した「海軍割烹術参考書」にカレーライスのレシピが載る。
  • 1910年(明治43年)、帝国陸軍が配布した「軍隊調理法」にカレーライス(辛味入汁掛飯)のレシピが載る[3]
  • 1924年(大正13年)、東京・神田の簡易食堂「須田町食堂」が、初めて廉価(8銭)でカレーライスをメニューに載せる。
    • 当時の大卒初任給70円、日雇労働者日当1円63銭
  • 1926年(大正15年)、「浦上商店」(現・ハウス食品)が、「即席ホームカレー」を発売。翌年、商品名を「即席ハウスカレー」に変更。
  • 1927年(昭和2年)、東京の「新宿中村屋」「資生堂パーラー」が、高級カレー(80銭、50銭)をメニューに載せる。
  • 1929年(昭和4年)、大阪・梅田の「阪急百貨店」の大食堂が、廉価(20銭)でカレーライスを販売。
  • 1930年(昭和5年)、山崎峯次郎(エスビー食品の創業者)が、国産カレー粉第1号を発売。
  • 1931年(昭和6年)、「C&Bカレー事件」発生。イギリスのクロス・アンド・ブラックウェル (C&B) 社のカレー粉は、品質がよいとされていたが値段が高く、増量材を混ぜたり中身を国産品に詰め替えた安価な偽物が出回った。これは日英間の国際問題にまで発展し、偽造グループが逮捕された。この事件ののち、安価な国産カレー粉が見直され、カレーライスの低価格化が進んだという。
  • 1941年(昭和16年) - 1945年(昭和20年)、戦争による食料統制のため、カレー粉の製造・販売が禁止された。ただし、軍用のカレー粉だけは細々と製造された。
  • 1946年(昭和21年)、終戦によりカレー粉の製造・販売が再開された。ただし、原料の調達はスムーズでなかった。
  • 1949年(昭和24年)、浦上商店が「即席ハウスカレー」の製造を再開。
  • 1954年(昭和29年)、エスビー食品が即席カレー分野に進出。
  • 1960年(昭和35年)、ハウス食品工業株式会社(旧浦上商店)が「ハウス印度カレー」を発売。以後、インスタントカレールウの主流は固形タイプになる。
  • 1969年(昭和44年)、大塚食品、初のレトルトカレー「ボンカレー」を発売。
  • 1982年(昭和57年)、全国学校栄養士協議会が1月22日をカレーの日と決め、全国の小中学校で一斉にカレー給食を出す。以後この日が、カレーの日とされている。

外食店

1910年(明治43年)、大阪・難波新地に、西洋料理店・自由軒が開業した。1940年(昭和15年)、織田作之助が小説『夫婦善哉』でこの店の「混ぜカレー(または名物カレー)」(傍系の「せんば自由軒」は現在「インデアンカレー」と呼んでいる)を紹介して有名になった。カレーソースとライスをあらかじめ混ぜ、中心に生卵を載せて出される。ウスターソースをたっぷり掛けて食べることが勧められている。

1927年(昭和2年)、東京の「新宿中村屋」が喫茶部を開業し、「純インド式カリ・ライス」を80銭(当時の大衆食堂のカレーの10倍の値段)で出した。インド独立運動家のラース・ビハーリー・ボースがレシピを考案した本格的インドカリーで、高値にもかかわらず1日300食を売り上げたという[6]

1929年(昭和4年)、大阪・梅田駅に開業した阪急百貨店 の大食堂のカレーライスは、本格的なカレーが低価格(20銭)で味わえるということで人気を集めた。同百貨店が2004年に改築工事のため大食堂を閉鎖するまで名物メニューとして続いた。開店直後に昭和恐慌が起こり、ライス(5銭)だけを注文して卓上のウスターソースを掛けて食べる客が増えて問題になったが、阪急社長の小林一三はこれを認めることにし、ソーライ(ソース・ライス)として親しまれた。

日本で最初の本格的なインド料理店は、1949年(昭和24年)にA.M.ナイルが東京銀座で開店した「ナイルレストラン」である。これについで1954年(昭和29年)にジャヤ・ムールティが東京・阿佐ヶ谷に「アジャンタ」を開店している。

現在、カレーはファストフード店などで早く安く胃袋を満たすことができるメニューとして高い人気があり、喫茶店レストランのメニューとしても一般的である。東京の京王電鉄沿線では 、JRにおける立ち食い蕎麦店の位置を、カレー専門店のカレーショップC&Cが占めているほどである。

自由軒の「名物カレー」
自由軒の「名物カレー」

カレーハウスCoCo壱番屋」などのカレーチェーンは、豚カツビーフカツ唐揚げコロッケチーズ野菜などの各種の具を客が自由にトッピングできるシステムを導入し、人気を得ている。

カレーライスとライスカレー

カレーライスは当初、ライスカレーという呼び方が普通だった。しかし、1960年代後半ごろから、カレーライスという呼び方が優勢となり、現在ではライスカレーという言葉はほとんど死語となるに至っている。移行期には、カレーライスとライスカレーはどう違うのかという議論がさかんに行われた。

  • 家庭や大衆食堂等で作られる庶民的なものがライスカレー、レストランなどの気取った店で出されるものがカレーライス。
  • 米飯とカレーソースが別々に、あるいは横長の深皿で左右に寄せて出されるものがカレーライス、丸い平皿のごはんの上にまんべんなくかかったものがライスカレー。
  • 和風のだしを用いたものがライスカレー、洋風のスープを用いたものがカレーライス。
  • とろみの強いものがライスカレー、さらっとしたものがカレーライス。
  • 「ライスが多けりゃライスカレー、カレーが多けりゃカレーライス」(当時テレビで流されていた「ククレカレー」のCMのコピー)。

1872年、北海道開拓使の公文書で「タイスカリイ」(ライスカレー)という語が、樺太の医師・三田村多仲の日誌『三田村多仲日誌』1875年1月3日付けの記録で「カレーライス」という語が使われており、日本では当初から2つの言葉が使われていたことが分かっている。

カレーソースの色

カレーソースはターメリックに由来する黄が本来の色であるが、近年はより黒い色のカレーソースが人気を得ている。着色料として、カラメル色素ココアゴマイカスミなどが使われている。

北海道大学とカレーライス

1876年、札幌農学校(のちの北海道大学)に着任したクラーク博士は、ライスカレーという言葉を考案した人物として知られているが、開拓史の公文書『明治五年 開拓使公文録 八』(1872年)で「タイスカレイ(ライスカレー)」という言葉がすでに使われている。またクラークは寮での米食を禁止し、ライスカレーのみを例外としたといわれているが[7]、吉田よし子(『カレーなる物語』)の調べによると、その記録は北海道大学に現存せず、カレーに関するもっとも古い資料は、1877年9月のカレー粉の納入記録と1881年の寮食メニューであった。クラークの前任者のホーレス・ケプロンの方が、日本のカレーライス普及により貢献しているという考えがある[8]

軍隊・自衛隊とカレーライス

カレーライスが日本に普及するにあたって、大日本帝国海軍が大きな役割を果たしたと言う説がある。脚気が防止でき、調理が簡単で肉と野菜がバランスよく摂れる合理的な料理であり、イギリス海軍から伝わったとされる。初めは米飯の代わりにパンが添えられていたが、不評により米飯に変更されたという。海軍では土曜の昼食はカレーライスと決まっていて、この慣習は海上自衛隊にも引き継がれた。長期航海中に曜日の感覚を取り戻すためだとも、休日前に食料庫の整理をするためだとも言われている。週休2日制となってからは、土曜日が金曜日に変更されつつ、今なおすべての部署でカレーライスを食べており、艦艇・部隊で味を競い合っているという。また護衛艦のカレーには福神漬以外に何も付かないことが多いが、潜水艦のカレーには副食としてサラダ、卵、魚、ハムとその他が付くそうだ。現在海上自衛隊の公式サイトで、各艦船による料理レシピが公開されている[9]が、「和食、洋食、中華、カレー」と、カレーが独立したジャンルとして扱われている。なお、カレーの材料で醤油、味醂等で味付けした料理が今の肉じゃがである[10] との説が巷間に広まり、海軍発祥の料理と言われている。現在は、かつて軍港のあった町の名前を冠した「海軍カレー」が、レトルト食品や缶詰製品として発売されている。旧海軍のレシピにより調理されている。

また大日本帝国陸軍がカレーライスの普及に貢献したという説があり、根拠としては次が挙げられている。 海軍では炊事を専門の者が行ったため、カレーライスの作り方を覚えた兵はごく一部だったのに対し、陸軍ではほぼ全員が炊事を経験した。陸軍は海軍に比べて人数が圧倒的に多い。海軍は大湊横須賀舞鶴佐世保といった限られた都市にしかいなかったのに対し、陸軍が全国に駐屯していた。当初、カレーライスよりライスカレーの呼称が一般的だった。陸軍のレシピではライスカレー、海軍のレシピではカレーライスと表記されていた。 戦時中、「ライスカレー」は敵性語であるとして、代用語として1910年(明治43年)に帝国陸軍が配布した「軍隊調理法」に同じ意味を持つ日本語として記載された「辛味入汁掛飯(からみいり しるかけめし)[3]」が用いられた[11]

世界各地域における日本的カレーライス

日本的なカレーライスは、日本以外の国でもある程度普及している。その理由として「イギリスの影響」、「戦前の日本の影響」、「戦後の日本の影響」の3つが考えられる。

イギリス

日本にカレーライスを伝えた国と言われるイギリスには、見た目や味が日本のカレーライスによく似た「curry and rice」(カリーアンドライス)が存在する。パブ(大衆酒場)、クラブハウス(ゴルフ場)、学生食堂で安く気軽に食べられ庶民性の点に於いても日本のカレーライスを取り巻く環境と共通する。もともと日曜日に焼いたローストビーフの残りを使ったポピュラーな家庭料理だったが、家庭でローストビーフを焼く習慣が失われたり、米飯を炊くのが面倒などの理由で、家庭料理としては廃れてしまった。イギリスには多くのインド料理店が存在するが、それらの本格的なインド料理とは別のイギリスの大衆料理といえる。

香港

イギリスの統治を長く受けていた香港では、茶餐廳と呼ばれる喫茶レストランにカレーライスを揃えている店が少なくない。日本のものと比べると、さらっとしたものが多い。

ハワイ

明治初期から日本人移民の多いハワイでは、カレーライスは日常食として普及しており、日本料理店のみならず大衆的なレストランや伝統的なハワイ料理を扱う店のメニューにもカレーライスの名を見つけることができる。明治・大正期の日本の味を継承した黄色いカレーを供する店が主流であるが、近年は、タイベトナムなど東南アジア移民の増加や、CoCo壱番屋の進出などにより、さまざまなバリエーションのカレーが食べられるようになってきた。

台湾

台湾には、日本統治時代に、日本人がカレーライスを持ち込んだ。「日式咖哩飯」(リーシーカーリーファン)と呼ばれ、屋台や食堂などで気軽に食べることができる。台湾の古典的な日式咖哩飯は、肉や野菜の具が少なく片栗粉でトロミを付けた日本統治当時のカレーに近い料理であるが、近年は日本の大手カレーチェーン店の台湾進出によって、現在の日本のカレーライスと大差ないものが普及してきている。

韓国

韓国では、家庭で作ったり大衆食堂で出されるカレーライスは、台湾の場合と同じく薄口の黄色が強いカレーソースが多い。出されるときは日本と同じく米飯にカレーソースをかけた状態だが、食べる時にはビビンバと同様に、カレーソースと米飯を混ぜ合わせてから食べる事が多い。付け合せにはキムチが付くことがある。

中国

中国では、「洋食」のひとつとして、ホテルなどでイギリス式のカレーライスを食べることができる。一般の中国人には元々あまりなじみのない料理だったが、最近は、上海に日本資本のカレーライスショップも開店し、日本風のカレーライスの人気も出て来ている。中国では鶏がらや中華料理の調味料を使う。「珈竰」(カーリー)もしくは「咖哩」(発音同じ)と表記される。

カレーライスに関する作品

楽曲

漫画

絵本

  • トッチくんのカレーようび (文:まどころひさこ、絵:やまもとまつこ)
  • カレーライスはこわいぞ (作:角野栄子、絵:佐々木洋子)

小説

ドラマ

関連項目

テーマパーク
歴史
  • 山川健次郎 - カレーライスを食べた最初の日本人とされている。
  • A.M.ナイル - インドの独立運動家で、ナイルレストラン創業者。新宿中村屋ラース・ビハーリー・ボースと同じく、インド式カレーを日本に伝えた1人。息子のG.M.ナーイルはナイルレストランを引き継ぐ傍ら、各種メディアで活躍。その息子である善己ナイルも、インドで調理人の修行をしたのち、現在ナイルレストランで働いている。
出張カレーユニット

脚注

[ヘルプ]
{{#tag:references||group=}}

参考文献

  • 森枝卓士『カレーライスと日本人』 講談社(講談社新書)、1989年7月 ISBN 4061489372
  • 生活クラブ事業連合生活協同組合連合会編『カレーブック 本格的カレーライスからデザートまで』 生活クラブ事業連合生活協同組合連合会、1993年10月 ISBN 441503652X
  • 全日本カレーライス学会編『カレーライス うまさと刺激にこだわる雑学』 勁文社、1994年5月 ISBN 4766919645
  • 金田尚丸『丁髷とらいすかれい—誰も知らなかったにっぽんカレー物語』 遊タイム出版、1994年8月 ISBN 978-4795244757
  • 井上宏生『面白雑学カレーライス物語』 双葉社、1996年7月 ISBN 4575710792
  • 浜内千波、竹内冨貴子(共著)『カレー大全科 カレーの魅力再発見 含まれる香辛料の驚くべき多彩な効用』 グラフ社、2000年8月 ISBN 4766205820
  • 『彷書月刊』第16巻第11号/通巻第182号(特集=カレー三昧) 弘隆社、2000年10月
  • 井上宏生『日本人はカレーライスがなぜ好きなのか』 平凡社、2000年11月 ISBN 4582850669
  • とことんカレー研究会編『カレーの雑学王 このネタはちょっと激辛いぜ! どこから読んでも面白い!』 青春出版社、2001年6月 ISBN 4413091981
  • 別冊宝島編集部(小野員裕、村山久美子、安田桃)『横浜カレーミュージアムの究極カレーを作る!』 宝島社、2001年7月 ISBN 4796623175
  • 小菅桂子『カレーライスの誕生』(講談社選書メチエ243) 講談社、2002年6月 ISBN 406258243-0
  • dancyu』(特集/明るく元気にカレーライス) プレジデント社、2004年8月
  • 黒沢薫ゴスペラーズ
    • 『ぽんカレー』 角川書店、2005年10月 ISBN 4048839411
    • 『ぽんカレーGOLD』 角川書店、2007年7月 ISBN 4827530602
  • 嵐山光三郎監修『カレーライス』 リブリオ出版、2006年4月 ISBN 4860572483
  • 『dancyu』(特集/「カレー」命) プレジデント社、2006年7月
  • 『dancyu』(特集/カレーの歩き方) プレジデント社、2007年7月
  • 柴田書店(編さん) 『カレーのすべて‐プロの味、プロのテクニック 世界のレシピ109種』 柴田書店、2007年8月 ISBN 4388060224
  • 水野仁輔『カレーライスの謎‐なぜ日本中の食卓が虜になったのか』(角川SSC新書 40) 角川・エス・エス・コミュニケーションズ、2008年5月 ISBN 978-4827550405
  • 遠藤哲夫
    • 『ぶっかけめしの悦楽』筑摩書房、1999年10月、ISBN 978-4946515378
    • 『汁かけめし快食學』(ちくま文庫)、筑摩書房、2004年7月、ISBN 978-4480039781
ウィキメディア・コモンズ
ウィキメディア・コモンズ

カレーライス


関連キーワードで検索

このページへのリンク: