飯伏幸太
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| 飯伏 幸太 | |
|---|---|
| プロフィール | |
| リングネーム | 飯伏 幸太 |
| 本名 | 飯伏 幸太 |
| ニックネーム | ゴールデンスター インディペンデントジーニアス |
| 身長 | 181cm |
| 体重 | 86kg |
| 誕生日 | 1982年5月21日(28歳) |
| 出身地 | 鹿児島県姶良市(旧:姶良郡姶良町) |
| 所属 | DDT |
| スポーツ歴 | キックボクシング 水泳 ラグビー |
| デビュー | 2004年 |
飯伏 幸太(いぶし こうた、男性、1982年5月21日 - )は、DDTプロレスリング所属のプロレスラー。鹿児島県姶良市出身。
目次 |
人物
ファンタスティックに華麗なスピード技、バチバチファイトもこなすまさにノンスタイルイケメンプロレスラー。自由自在な空中殺法とルックスで人気上昇中。また、大の「どインディー」マニアである。
非常に変わった性格の持ち主でDDTの公式パンフレットで連載している日記やリング上で独特の世界観を作り出しているが、俗にいう「キレた」状態になると見境が無くなる。
饒舌なタイプではなく、マイクパフォーマンスの際はカンニングペーパーを常用している。
以前からインディペンデント・ワールド・ジュニアヘビー級王座の復活を望んでいて、当初は前王者だったTAKAみちのくは復活させないと発言していたが飯伏の大量の電話とメールなどによる説得に折れて復活させた。
インディー団体所属ながら実力を認められ新日本プロレスやプロレスリング・ノア等メジャー団体で活躍する一方、ホームリングのDDTでは本屋やキャンプ場、居酒屋、大学構内などリング外での試合に熱意を燃やし好試合を連発している。
タッグ戦線ではケニー・オメガとのタッグ「ゴールデンラヴァーズ」で団体内外で活躍。活動期間がオメガの来日時に限られる故のブランクや言葉のハンデも感じさせない、息のあった連携を誇る。2010年2月11日には対HARASHIMA・真霜拳號戦で勝利した後、IWGPジュニアタッグへの挑戦を表明した。
来歴
小学校を卒業した翌日に西日本プロレスを観戦、全試合終了後に強引に入団テストを受け、バク宙やムーンサルトプレスを披露して合格してしまった(結局「中学を卒業してから」と言われ、帰された)。さらに中学校卒業後に新日本プロレスの入団テストを受けようとしたが、親に止められたため断念。また、同時期に「校庭で友人たちと受身を取っていた」、「校庭でパワーボムなどのプロレス技をかけていた」、「練習場所として丸太やタイヤのチューブなどで海岸にリングを作った」などその手のエピソードには枚挙に暇がない。
高校(鹿児島県立加治木工業高等学校)ではラグビー部に入部した。
プロレス入り前には新空手の大誠塾に所属し、2003年7月21日の新空手道交流大会ではK-2トーナメント(中量級・15人参加)で優勝の経験もある(しかし翌日退団)。
プロレスラーとしての活動
2004年7月1日、DDT後楽園ホール大会でKUDO相手にデビュー。
2005年3月22日、フジテレビ「こたえてちょーだい!」に視聴者からの相談として出演。自分がプロレスラーになったことを報告していない両親を試合へ招待した。試合は負けてしまったが、リング上で父親に向かい報告。父親からは「頑張ってくれ」と激励の言葉を貰い、握手を交わした。
2005年9月23日にDDTのKO-Dタッグリーグ戦に先輩の柿本大地とのタッグで優勝、わずか1か月後の10月23日後楽園大会でKO-Dタッグチャンピオンに催冠。DDTのみならず、ハッスル、プロレスリング・エルドラド、フーテン・プロモーションへも参戦している。
2006年2月4日にアンディ・オロゴン戦でK-1 MAXデビューが予定されていたがアンディの負傷により試合自体が消滅。
2006年11月14日に第1回GPWA興行に参戦した他、11月22日にはエルドラドでミラノコレクションA.T.とコンビを組む。
2007年5月のディファカップではDDT代表としてHARASHIMAと組んで出場し準優勝。なお、ディファカップ初戦のビッグマウス・ラウド(BML)代表との対戦で飯伏が上段回し蹴りで原学をKOした後も攻撃を続けたことからBMLとの間に遺恨が生じ、5月23日新木場大会でBML臼田勝美および原の襲撃を受けた。
5月26日、契約更改の場で参戦を希望していた学生プロレスにも初参戦。東京大学の学園祭(五月祭)にて、東京大学プロレスリングBAKA道場所属の童 As Infini貞(現・DT-YUTA(ユニオンプロレス))と対戦。「殺すぞ」との発言を咎められて、試合中に逮捕される一幕もあったものの、最後はジャーマン・スープレックスで3カウントを奪い、「学プロデビュー戦」を白星で飾った。
7月1日から15日にかけてプロレスリング・ノアで開催された、日テレ杯争奪ジュニアヘビー級タッグリーグ戦に、ノアの丸藤正道とのイケメンタッグを結成して参加するも、最終戦でKENTA・石森太二組に敗れ、勝ち点6の2位に終わった。しかし試合内容は観客からその興行のベストバウトとも絶賛され、彼の実力がインディーはおろかメジャーマットでも十分通用することが証明された。
8月26日、ディファ有明で行われたプロレスサミット in ARIAKEでインディペンデント・ワールド・ジュニアヘビー級王座を獲得。また、12月31日には、プロレスサミット in KOURAKUENで高木三四郎からアイアンマンヘビーメタル級王座を奪取し、第735代王者となる。
2009年、新日本プロレス主催のベスト・オブ・ザ・スーパージュニアへ初参戦を果たした。獣神サンダー・ライガーに勝利するなど、リーグ戦を4勝2敗で終え、決勝トーナメントへ出場したがプリンス・デヴィットに敗れ、決勝進出はならなかった。この際ライガーから「グラウンドテクニックをもっと磨け」「今のままではただのサーカス」とその才能は認こそするものの、アドバイスの意味での苦言を呈されている。
7月12日から25日にかけて開催された、日テレ杯争奪ジュニアヘビータッグリーグ戦に、ノアの青木篤志と組んで出場も、優勝決定戦で金丸義信・鈴木鼓太郎組に敗れ、またしても2位に終わった。
8月23日、DDT両国国技館大会「両国ピーターパン 〜大人になんてなれないよ〜」のメインイベントにてHARASHIMAを破り、KO-D無差別級王座を獲得。
11月29日、DDT後楽園ホール大会にて石川修司に破れKO-D無差別級王座から陥落。
12月には新日本プロレスのスーパーJカップに参戦するも、初戦(対外道)で敗れる。
2010年、1月6日に新日本プロレス事務所を訪れスーパーJカップの雪辱を期すため社長に参戦を直訴した。(が、実は新日本プロレスはこの日から“正月休み”のため応対はたった一人だけ仕事をしていた管理部の社員が行ったが最後まで社長と思い込んでいた。)これを受け1月31日にケニー・オメガとのタッグ「ゴールデン☆ラヴァーズ」で邪道・外道組と対戦するが邪道の負傷によりレフェリーストップとなる。
1月20日契約更改にて「身体のメンテナンス」のため2月11日以降は現時点でオファーのある試合以外を欠場することを要求し、高木三四郎の「いいよ」の一言で4月4日まで欠場することが決定(オファーされていたのは2月14日新日本プロレス両国大会、2月16日の大石真翔&旭志織自主興行、3月6・7日のKOEI主催戦国武将祭り)。
2月11日ケニー・オメガとのタッグ「ゴールデン☆ラヴァーズ」でHARASHIMA・真霜拳號組と対戦。試合後のマイクパフォーマンスで復帰後にIWGPジュニアタッグ王座へ挑戦したいと表明した。
5月8日には新日本プロレス主催の「スーパーJタッグ」に参戦。1回戦で敗退するもバックステージではケニー・オメガとの「ゴールデン☆ラヴァーズ」でのIWGPジュニアタッグ王座挑戦を再度アピール。 5月、ベスト・オブ・ザ・スーパージュニアに参戦。予選リーグを1位で勝ち抜き、準決勝・田口隆祐戦を勝利し、決勝・プリンス・デヴィット戦にて敗退するが、見事に準優勝を飾る。
タイトル歴
- CMLL認定KO-Dタッグ王座 - 第21代(パートナーは柿本大地)、第28代(パートナーはケニー・オメガ)
- インディペンデント・ワールド・ジュニアヘビー級王座 - 第7代
- IMGP世界ヘビー級王座 - 第4代
- アイアンマンヘビーメタル級王座 - 第735代、第737代、第826代
- KO-D無差別級王座 - 第29代
得意技
打撃技
- 各種キック
- 空手出身者らしくキレのある本格的な蹴りを繰り出す。
- ロー、ミドル、ハイの他に片膝状態や、尻餅状態の相手に繰り出すバズソー・キックも多用。
- ダッシュ・ミドル
- その名の通り走り込んでのミドルキック。レッグラリアットのように自身の身体を流しながら、相手の胸を打ち据える。
- オーバーヘッド・キック
- バック宙をしながら相手の延髄や側頭部を蹴り込む。形としては片足で蹴る川田利明のものや、新崎人生の輪廻ではなく、初代タイガーマスクや武藤敬司の得意とするそれに近い。
- ストレート掌打
- 飯伏がいわゆる「キレた」状態になると頻繁に繰り出す技の一つ。
投げ技
- ジャーマン・スープレックス
- ノーモーション・ジャーマンと形容される、しなやかなブリッジで繰り出す高速式。非常に綺麗な形で投げる。この技で勝利することもある。
- ハーフネルソン・スープレックス・ホールド
- 左腕を負傷してドラゴン・スープレックス・ホールドができない間に体得。こちらも上記と同じくノーモーションと形容される投げ方が特徴的。
- タイガー・スープレックス'85
- フェニックス・プレックス・ホールド
- パワーボムの体制で持ち上げたところで、相手の首を抱え込み後方に反り投げ、そのままブリッジを効かせてフォールに持ち込む技。中学生時代のプロレスごっこ時には既に開発していた技とのことだが、2009年両国大会のHARASHIMA戦にて初公開。
- 技名は大会後にケニー・オメガが命名。
関節技
- アンクルホールド
- グラウンドが苦手、弱点と言われたそのイメージを払拭するべく使用し始めた。
飛び技
- フェニックス・スプラッシュ
- ハヤブサ以来随一の使い手であり、自動販売機の上から繰り出したこともある。
- フェニックス式ローリングセントーン(仮名)
- 2005年の年末に行われたインディーサミットで披露。フェニックス・スプラッシュから更に180度回転してセントーンを行う。
- 後から正式名称を募集するとしていたが、結局2006年11月現在でも付けられた形跡は無い。
- ゴールデンスタープレス
- スプリングボード式のフェニックス・スプラッシュ。
- 2005年に行われたディファカップで披露。ただしその時は失敗してやや変形したフェニックススプラッシュになってしまった。
- 2007年のマッスルハウス3でゴージャス松野を相手に披露、技名は「ゴールデンスタープレス2007」とコールされた。
- ムーンサルトプレス
- 小学生の時から出来たという飯伏のムーンサルトは、両足がピンと伸び、しっかりと足が揃う。
- ムーンサルト・ムーンサルト
- ムーンサルトプレスに対し、相手が後ろに転がって回避された際に、足から着地しその場から再びムーンサルトをする技。都合2回ムーンサルトをするのでこのように呼ばれる。
- ラ・ケブラーダ
- バミューダ・トライアングル
- ラ・ケブラーダの派生技で対角線上を走り込み、コーナーを登って三角飛びの要領で場外にいる相手にムーンサルト・アタックを仕掛ける。
- その場飛び式シューティング・スタープレス
- 仰向けにダウンしている相手に助走をつけて走り込み、後方360°回転してのボディ・プレス。サムライTV実況の村田晴郎はグラウンディング・シューティングスターと命名。
- ここからヘッドスプリングで起き上がりコーナーに登ってムーンサルト・ムーンサルトを仕掛けることが多い。
- タッグマッチではケニー・オメガと同時に繰り出すこともある。
- その場飛び式カンクーン・トルネード
- 尻餅状態の相手に放った蹴りを、相手が後ろに倒れて回避した際に放つ、相手に背を向けたまま切りもみ式に横回転を行ってのボディ・プレス。
合体技
- ゴールデン・シャワー
- ケニー・オメガとの合体技。二人とも同じコーナーに登り、二人同時にファイヤーバードスプラッシュを行う。
- PKこころ
- ケニー・オメガとの合体技。二人による合体パイルドライバー。
- リング上で行うα、サードロープから行うβ、セカンドロープから行うγ、トップロープから行うΩの4種類がある。
- 命名の由来はMOTHERシリーズの必殺技「PK〜」(MOTHERシリーズのPSI体系を参照)。
- 技をかける二人の態勢がハート型に見えること、また、互いを愛する心を表すためとして ケニー・オメガが名付けた。
- クロススラッシュ
- ケニー・オメガとの合体技。二人による対角線に走り込んでの同時ケブラーダ。名前の由来はゲームクロノトリガーの「X斬り」(英語ではX-slash)から。
名前のついている技以外にも連携ムーブは数多い。 ヘッドスプリングによる攻撃回避、ドロップキック、ストップ!エンズイギリなど、二人同時に繰り出す技は息が合い相似形のようで非常に美しい。
入場テーマ曲
- 「27」(ブレーキング・ポイント)(「スコーピオン・キング」サウンドトラックに収録)
外部リンク
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