フィル・ミケルソン
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| フィル・ミケルソン Phil Mickelson | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 生年月日 | 1970年6月16日(39歳) |
| 出身地 | アメリカ・カリフォルニア州 サンディエゴ |
| 身長 | 191cm |
| 体重 | 91kg |
| 利き手 | 右(左打ち) |
| 経歴 | アリゾナ州立大学卒業 |
| プロ転向 | 1992年 |
| 成績 | |
| 初優勝 | ノーザン・テレコム・オープン(1991年) |
| 世界ランク最高位 | 2位 |
| 賞金ランク最高位 | 2位 |
フィル・ミケルソン(Phil Mickelson, 1970年6月16日 - )は、アメリカ・カリフォルニア州サンディエゴ出身のプロゴルファーである。2004年のマスターズ・トーナメントでメジャー大会初優勝を飾り、以来通算「3勝」を挙げている。左打ちの選手で、ゴルフファンには“The Big Lefty”(ビッグ・レフティー)と呼ばれている。世界ランキング自己最高位は2位。日常生活では右利きだが、本人の言葉によれば「幼い頃に父親のスイングを正面から見て覚えた」ため、ゴルフに限っては左打ちとなった。
ミケルソンは非常に早熟な才能を持ち、アリゾナ州立大学在学中から驚異的な成績を挙げていた。大学1年生だった1989年に「NCAAゴルフ選手権」で当時の史上最少スコアで優勝。1991年にはまだアマチュア選手のうちにPGAツアー大会の「ノーザン・テレコム・オープン」で優勝している。大学卒業後の1992年にプロ転向。翌1993年の「ビュイック招待選手権」でプロ初優勝を飾り、トッププロに躍進する。しかし、メジャー大会の優勝争いで数え切れないほどのチャンスがありながらも、あと少しのところで涙を飲む事が多かったため、“無冠の帝王”と呼ばれた時期が長かった。2003年はミケルソンのプロゴルファー生活でも最悪の年となり、大リーグ野球のデトロイト・タイガースの3Aで投手の入団テストを受けたことさえある。
しかし2004年のマスターズ・トーナメントで、彼の努力はついに報われる。最終日の18番ホールでバーディーパットを沈め、9アンダーパー(-9)で初優勝を飾った。大会前年優勝者のマイク・ウェア(カナダ)も左打ち選手であったため、マスターズのグリーン・ジャケット授与式では“左打ち同士”が顔を合わせた。続く全米オープンでも優勝争いに絡んだが、レティーフ・グーセンに惜敗。2005年のマスターズでは10位に終わったが、8月の全米プロゴルフ選手権で初日からトップをキープする“完全優勝”を果たし、メジャー大会2冠を獲得する。2006年のマスターズでは最終日に抜け出し、メジャー大会「2連勝」の偉業を成し遂げた。これでミケルソンのメジャー大会優勝は通算「3勝目」となった。
2007年度は、開催時期が5月第2週に変更された「プレーヤーズ選手権」で初優勝を果たす。2008年度もツアーで2勝を加えた。
ミケルソンのゴルフは華麗な技術で人気が高いが、大舞台の勝負所で短いパットを外す場面が目立っていた。全英オープンはあまり得意ではないが、心身ともに充実していた2004年に自己最高の3位入賞を果たしている。
日本には1992年から1999年の「カシオワールドオープン」、1992年・1996年・2003年の「サントリーオープンゴルフ」で来日したことがある。日本での自己最高位は、1993年「カシオワールドオープン」での3位。
現在、ゴルフクラブはキャロウェイゴルフを使用しているが、1992年から2000年まではヨネックスを使用していた。また親日家としても有名で、1992年から1999年までは毎年来日していた。1999年の「カシオワールドオープン」では予選落ちとなったが、インタビューではカンペを見ながらではあるものの、日本語で答えていた。
メジャー大会優勝
- マスターズ・トーナメント:2勝(2004年・2006年)
- 全米プロゴルフ選手権:1勝(2005年)
外部リンク
| プレジデンツカップ米国選抜 | ||||||
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カテゴリ: アメリカ合衆国のゴルファー | カリフォルニア州の人物 | 1970年生 | 存命人物
