アブ・シンベル神殿

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アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群
エジプト

アブ・シンベル神殿
アブ・シンベル神殿
英名Nubian Monuments from Abu Simbel to Philae
仏名Monuments de Nubie d'Abou Simbel à Philae
登録区分文化遺産
登録基準文化遺産(1),(3),(6)
登録年1979年
拡張年 
備考 
公式サイトユネスコ本部(英語)
世界遺産テンプレートを使用しています
 Template‐ノート:世界遺産概要表 
アブ・シンベル神殿(大神殿)
アブ・シンベル神殿(大神殿)

アブ・シンベル神殿Abu Simbel)は、エジプト南部、スーダンとの国境近くにあるヌビア遺跡

目次

概要・歴史

オリジナルは、砂岩でできた岩山を掘り進める形で作られた岩窟神殿。大神殿と小神殿からなる。建造主は新王国時代第19王朝の王、ラムセス2世。 大神殿は太陽神ラーを、小神殿はハトホル女神を祭神としている(小神殿は最愛の王妃ネフェルタリのために建造されたものでもある)。

アブ・シンベル神殿(大小両神殿) 手前が小神殿。奥が大神殿
アブ・シンベル神殿(大小両神殿)
手前が小神殿。奥が大神殿

建設後、長い年月の内に砂に埋もれていたが、1813年にスイスの東洋学者ヨハン・ルートヴィヒ・ブルクハルトによって小壁の一部が発見され、1817年にブルクハルトの知人であったイタリア人探検家ジョヴァンニ・バッティスタ・ベルツォーニによって出入り口が発掘された。

1960年代、ナイル川アスワン・ハイ・ダムの建設計画により、水没の危機にあったが、ユネスコによって、国際的な救済活動が行われた。1964年から1968年の間に、正確に分割されて、約60m上方、ナイル川から210m離れた丘に移築された。このことが、世界遺産の創設のきっかけとなった。アブ・シンベル神殿は世界遺産の象徴的な遺跡で、世界文化遺産に登録されている。

この神殿では、年に2回神殿の奥まで日の光が届き、神殿の奥の4体の像のうち、冥界神であるプタハを除いた3体を明るく照らす。これを一目見ようと多くの観光客がその日に訪れる(場所を移した際にもともとの日から、1日ずれてしまったが)。その2回とは元は2/22と10/22である。ラムセス2世の生まれた日と、王に即位した日にこの現象が起こる。

アスワン・ハイ・ダムの建設によってできた人造湖ナセル湖のほとりにたたずんでいる。

アブ・シンベル大神殿

ラムセス2世が建てたとされる。

大神殿の四体の像はラムセス2世で、その前に並んでいるのは家族の像である。 奥にはプタハ神、アメン・ラー神、ラー・ホルアクティ神、そしてラムセス二世の像がある。

神聖化された聖なる船の前で儀式を行う場面が描かれている。 浮き彫りには王の業績、北の壁にはカディシュの戦い、南の壁にはシリア・リビア・ヌビアとの戦いが描かれている。

オリジナルは岩山をくりぬいた神殿だが、移動後はカモフラージュしたコンクリートのドームを基礎としている。

アブ・シンベル小神殿

アブ・シンベル小神殿
アブ・シンベル小神殿

ハトホル神と王妃ネフェルタリに捧げられた神殿。

立像が6体あって、そのうちの4体は王、2体はネフェルタリである。 脇には王子と王女を配置している。

遺跡

  • アブ・シンベル大神殿
  • アブ・シンベル小神殿

登録基準

この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。

  • (1) 人類の創造的才能を表現する傑作。
  • (3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
  • (6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と、直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。

アクセス

関連項目

ウィキメディア・コモンズ

ギャラリー


座標: 北緯22度20分12.42秒 東経31度37分31.56秒 / 北緯22.3367833度 東経31.6254333度 / 22.3367833; 31.6254333arz:ابو سمبل

アブ・シンベル神殿


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